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元中

げんちゅう
名詞
1
標準
Genchū era (of the Southern Court; 1384.4.28-1392.10.5)
文例 · 用例
前記の諸収入を基礎とした、芸術家、興行家、兼政治家式の家元中心制度が生まれるのは誠に是非もない事である。
夢野久作 能とは何か 青空文庫
元中九年に至り、義満は使を吉野に遣して、後亀山天皇の還幸を乞ひ奉つたので、天皇はこれを許し給ひ、京都に還幸し給ひ、神器を後小松天皇に授け給うた。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
ここにいえる、邪視の字が出おる『普賢行願品』は、唐の徳宗の貞元中、醴泉寺の僧般若が訳し、悪眼の字が出おる『増一阿含』は、東晋時代に苻堅に礼接された曇摩難提が訳した。
蛇に関する民俗と伝説 十二支考 青空文庫
前項に、邪視なる語は、唐の貞元中に訳された『普賢行願品』に出でおり、今(昭和四年)より千百三十年ほどの昔既に支那にあったと述べたれど、それよりも約百四十年ほど早く行われいたと、この李善の註が立証する。
蛇に関する民俗と伝説 十二支考 青空文庫
また唐の貞元中大理評事韓生の駿馬が、毎日|櫪中で汗かき喘ぐ事遠方へ行きて疲れ極まるごとき故、圉卒が怪しんで廐舎に臥し窺うと、韓生が飼った黒犬が来って吼え躍り、俄に衣冠甚だ黒い大男に化け、その馬に乗って高い垣を躍り越えて去った。
犬に関する伝説 十二支考 青空文庫
「李為宋乾道中人、呉為元至元中人、熊氏妄混体裁、恣換書名、遂使後学不能見其原、復何無忌憚」と云つてゐる。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
此縁起には、長慶天皇は「敵の爲に元中九年閏十月十五日夜御壽四十九歳御崩百重原に葬」と記載されてゐる。
狩野亨吉 天津教古文書の批判 青空文庫
處が長慶天皇が河内に入られたのは長慶太神宮御由來によつて見ても此文書の日附元中九年八月二十六日より遠く遡ることはないと推せられる。
狩野亨吉 天津教古文書の批判 青空文庫
作例 · 標準
南北朝時代、南朝側では元中という元号が使われていた。
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この古文書には、元中三年に書かれたという奥書きが残されている。
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歴史の授業で、北朝の至徳と南朝の元中が同じ時期であることを学んだ。
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元中 は、日本の南北朝時代の元号の一つ。南朝方で使用された。弘和の後、明徳の前。1384年から1392年までの期間を指す。この時代の天皇は、南朝方が後亀山天皇、北朝方が後小松天皇。室町幕府将軍は足利義満。

出典: 元中 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0