局
つぼね
名詞頻度ランク #773 · 青空 3094 例
標準
court lady (Heian period)
文例 · 用例
谷君の方で早速遠慮を示したので、結局出掛けないことになつて、「では二階に行かうか、此処は子供が目を覚ますんで話が出来ないんだ」と牧野さんは云つた。
— 中原中也 『思ひ出す牧野信一』 青空文庫
それもなんとなくみんなが遠慮して、結局そこで小さい声で話すことになつてしまつた。
— 中原中也 『思ひ出す牧野信一』 青空文庫
言換れば、彼の詩には猶事象そのことに対個人的な興味――結局これは詩に於ては散文に於けるよりも一層散文的なものとして留るもの――があつて、それが詩性を少しく散漫にしてゐると思ふのである。
— 中原中也 『菊岡久利著「貧時交」』 青空文庫
然し僕はどれを出すかに迷ふし、一つの詩の一部を抜出すといふやり方は高森の詩には適当でないし、結局沢山出さなければならないやうに思はれるから茲には割愛しなければならぬが、どうぞ此の落付いた稀特な詩集が、一冊でも沢山に売れるやう希望するものである。
— 中原中也 『詩集 浚渫船』 青空文庫
彼の出した本にどんな本があるかも知らないが、リヴィエールのランボオ論とモオリヤックのイエス伝――結局彼の死の前年に出した此の二つの翻訳書だけが私の頭に残つてゐる。
— 中原中也 『逝ける辻野君』 青空文庫
正直に云つて、だから辻野君の印象は私の中で、結局稀薄なものであつたのだが、今度訃報が来た時には、ハツと思つた。
— 中原中也 『逝ける辻野君』 青空文庫
斯くの如き場合の斯くの如き誤解は、実に局外者の想像に余るものだといふことは、どれ程云つても云ひ足りはしないだらう。
— 中原中也 『心理的と個性的』 青空文庫
かといつてどう改良したらいいかといふことになると、結局やつぱりこの儘でいいやといふやうなことになつて来て、此の事ならず一切が、実に屁下手く退屈なのが人生である。
— 中原中也 『三等車の中(スケッチ)』 青空文庫
作例 · 標準
源氏物語には、多くの美しい局が登場する。
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その局は、帝の寵愛を一身に受けていたという。
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平安時代の宮中では、局と呼ばれる女性たちが重要な役割を担っていた。
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標準
separate room in a palace (esp. for a lady; Heian period)
作例 · 標準
紫式部は、宮中の自らの局で源氏物語を執筆した。
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局の障子からは、かすかに庭の景色が見えた。
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高貴な女性たちは、それぞれに趣向を凝らした局を持っていた。
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標準
room for a very low class prostitute
作例 · 標準
江戸時代の吉原には、局と呼ばれる最下層の遊女の部屋があった。
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局の狭い空間で、彼女たちは客を待っていた。
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映画で描かれる局の情景は、いつも物悲しい。
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標準
very low class prostitute
作例 · 標準
貧しさゆえに、若い娘が局として身を売ることもあった。
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局の生活は過酷で、ほとんど自由がなかったと言われている。
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彼は局たちの間で人気のある客だった。
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ウィキペディア曖昧さ回避
局(きょく、つぼね)
局(きょく)
局(つぼね)
- 宮殿における女官・女房などの私室として仕切られた部屋のこと。
- お局様 — 皇室や公卿・将軍家などに仕えた重要な地位にある女性に授けられた名号であり敬称。長橋局、春日局など。
- 上記から転じて、企業などで中堅の女性のこと。特に、新人女性社員より上位に位置して発言力を持つ人への揶揄に用いられる。
- 大奥などの部屋方女中の職名の一つ。部屋方の中では最高位に位置する。
- 大きな建築物の中で臨時に設けられた仕切りのある部屋のこと。
- 近世や下級女中などがいる部屋のこと。
- 山形県酒田市に存在する地名。詳細は後述。
山形県酒田市 局(つぼね)
- 名称の由来の一説として、6世紀に出羽三山修験道を開いたとされる蜂子皇子にちなむ伝説に基づくとされているものがある。皇子は日本海を北上して鶴岡三瀬に上陸し、八人の乙女と三本足のカラスに導かれて羽黒山に着いた話が定説となっている。しかし、当地に伝わる皇子伝説では、皇子が上陸したのは酒田市日和山公園対岸の宮野浦であったとされている。付き人の女性、いわゆる「局の方」と一緒に最上川に沿って羽黒へ向かったが、お供の「局」は途中、この地に留まり「庵(いおり)」を結んで開村したことから「局」の地名誕生のもととなる。
- 地元の郷土史に詳しい石井正三は、この由来は局村の今井徳右衛門家に伝わる1870年(明治3年)の文書に記される。またの伝えに付き人の『局の方』は、羽黒へ行く途中、病に倒れて亡くなり、この地に祭られた。さらに皇子は修験の山を開き、女人禁制と定め、羽黒へ連れて行く訳にはゆかず、単身入山した伝えもある。その伝説の発祥は、集落に古くから皇子と局を祭る『皇太神社』が基を成している。いつの時代にか史実めいた物語として伝わった。定説は乏しく、鶴岡三瀬の皇子とともに語られることが好ましいと語っている。また、山形県文化財保護協会文化財専門委員の佐藤昇一は、1691年(元禄4年)の絵図には局村の地名が既に記されており、かなり古くから集落が存在したらしい。さらに隣の門田村との間には『小局』という地名も見え、伊勢神宮から分霊した社を祭ったことで『おせど』とも呼んだ。当初は新潟から訪れた村上一族が住み着き、後に局村に移住している。そして局や皇子ゆかりの神社に信仰を寄せ、地名も大切に守り伝えたと推測すると語っている。
- 局の方が住んだ庵(いおり)はのちに、円玉山・浄善寺という寺に代わる。鎌倉期に作られた聖観音立像を祭ったことから「局の観音堂」とも呼ばれ、戦国時代に余目を支配した安保(あぼう)氏の戦勝祈願で栄えた。しかし、1601年(慶長6年)、最上義光の攻撃に遭って、お堂は消失したが、観音像は難を逃れ、今現在も局集落のルーツを探る貴重な仏像として保存されている。
- また、名称の由来の別説として「局」とは狭くて低い土地を指すとされ、「局地」や「窪地」といった意味が含まれる地形地名説があるともいわれている。
参照文献
出典: 局 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0