延宝
えんぽう
名詞
標準
Enpō era (1673.9.21-1681.9.29)
文例 · 用例
延宝四年六月には石見、同五年三月には陸中の南部に地震と海嘯があった。
— 田中貢太郎 『日本天変地異記』 青空文庫
それは延宝七年の春の二時すぎであった。
— 田中貢太郎 『海神に祈る』 青空文庫
それは延宝七年六月十六日の事であった。
— 田中貢太郎 『海神に祈る』 青空文庫
何でも三十八年の間引続いて住職を勤め、延宝八年とかに九十二で逝くなつたといふから、随分達者な僧侶さんだつたに相違ない。
— 大正六(一九一七)年 『茶話』 青空文庫
子役の粗相12・10(夕) 今道頓堀の中座で演つてゐる『故郷飾錦伊達織』、伊達家奥御殿の場に鶴千代丸に扮してゐる実川延宝と、千松に扮してゐる中村|芝芸雀といふ子役が二人ゐる。
— 大正七(一九一八)年 『茶話』 青空文庫
それは外でもない、延若の政岡が風炉先きの屏風にひしと身を寄せて忍び泣きをしてゐると、「稚けれども天然に太守の心備はつ」た筈の延宝の鶴千代が、この頃の寒さに、つい堪へかねて小便が仕たくなつた事だ。
— 大正七(一九一八)年 『茶話』 青空文庫
幕が締ると、それに気づいた母親は、延宝を連れて河内家の部屋へ謝りに往つた。
— 大正七(一九一八)年 『茶話』 青空文庫
」 かう言つて母親が閾際に額を押しつけると、延宝も小便に濡れた太守の着附のまゝで叮嚀に栗のやうな小さな頭を下げた。
— 大正七(一九一八)年 『茶話』 青空文庫
作例 · 標準
例句1
例句2
例句3
例句4
ウィキペディア
延宝(えんぽう、 は、日本の元号の一つ。寛文の後、天和の前。1673年から1681年までの期間を指す。この時代の天皇は霊元天皇。江戸幕府将軍は徳川家綱、徳川綱吉。
出典: 延宝 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0