宇治拾遺物語
うじしゅういものがたり
名詞
標準
A Collection of Tales from Uji
文例 · 用例
もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から發してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。
— 太宰治 『お伽草紙』 青空文庫
もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐるものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。
— 太宰治 『お伽草紙』 青空文庫
小林君の家へゆき着いてから、わたしは宇治拾遺物語にあった絵仏師の話を思い出した。
— 岡本綺堂 『綺堂むかし語り』 青空文庫
K君の家へゆき着いてから、わたしは『宇治拾遺物語』にあった絵仏師の話を思い出した。
— 岡本綺堂 『火に追われて』 青空文庫
「殿には学問を好ませられ、多くの書物もご覧のことゆえ、宇治拾遺物語などは疾に承知でございましょうな?
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
」「宇治拾遺物語の百六十七節に『慈覚大師|纐纈城に入り給ふ事』こういう項目がございます」「纐纈城の物語?
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
宇治拾遺物語をご覧なされ」 それで庄三郎は邸へ帰ると宇治拾遺物語を取り出した。
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
宇治拾遺物語によれば、藤大納言忠家も、「いまだ殿上人におはしける時、びびしき色好みなりける女房ともの云ひて、夜更くるほどに月は昼よりもあかかりけるに」たへ兼ねてひき寄せたら、女は「あなあさまし」と云ふ拍子に大きいおならを一つした。
— 芥川龍之介 『続野人生計事』 青空文庫
作例 · 標準
例句
ウィキペディア
『宇治拾遺物語』(うじしゅういものがたり)は、鎌倉時代前期 成立と推定される日本の説話物語集である。編著者は未詳。
出典: 宇治拾遺物語 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0