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正保

しょうほう異読 しょうほ
名詞
1
標準
Shōhō era (1644.12.16-1648.2.15)
文例 · 用例
さすがに上吉田は、明藤開山、藤原|角行(天文十年―正保三年)が開拓して、食行身禄(寛文十一年―享保十八年)が中興した登山口だけあって、旧|御師町らしいと思わせる名が、筆太にしたためた二尺大の表札の上に読まれる、大文司、仙元房、大注連、小菊、中雁丸、元祖|身禄宿坊、そういった名が、次ぎ次ぎに目をひく。
小島烏水 不尽の高根 青空文庫
正保元年三月には日光山、同年九月には羽後の本荘、同三年四月には陸前、磐城、武蔵、同四年五月には、また武蔵、相模に大きな地震があった。
田中貢太郎 日本天変地異記 青空文庫
次いで正保二年三斎公も御卒去遊ばされ候。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書 青空文庫
正保四年|丁亥十二月|朔日興津弥五右衛門景吉|華押    興津才右衛門殿 正保四年十二月二日、興津弥五右衛門景吉は高桐院の墓に詣でて、船岡山の麓に建てられた仮屋に入った。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書 青空文庫
某が相果て候今日は、万治元|戊戌年十二月二日に候えば、さる正保二|乙酉十二月二日に御逝去遊ばされ候松向寺殿の十三回忌に相当致しおり候事に候。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書(初稿) 青空文庫
ついで正保二年松向寺殿も御逝去遊ばされ、これより先き寛永十三年には、同じ香木の本末を分けて珍重なされ候仙台中納言殿さえ、少林城において御逝去なされ候。
森鴎外 興津弥五右衛門の遺書(初稿) 青空文庫
現梅津正利師範は故梅津正保師範と共にこの家系の末に当っているのであるが、同時にその分家である今一軒の梅津氏は観世流の藤林家と相並んで藩公黒田家のお抱えとなり、邸宅と舞台を薬院|中庄に賜わり士分に列せられていた。
夢野久作 梅津只圓翁伝 青空文庫
その他の門下諸氏も福岡市外に門戸を張って子弟を誘導し、各神社の催能を盛大にしたが、一方に在福の連中の中でも既に三年間翁に師事していた故梅津正保氏等を含む一団の高弟連中は毎月一回|宛、村上彦四郎氏邸や、その他の寺院等で謡会を開いた。
夢野久作 梅津只圓翁伝 青空文庫
作例 · 標準
江戸時代の正保年間(1644年~1648年)は、比較的平和な時代であった。
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この寺院の創建は、正保年間まで遡ることができる古い歴史を持つ。
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正保の改革は、幕府の財政再建を目指して行われた一連の政策である。
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