宿老
しゅくろう
名詞
標準
old men
文例 · 用例
十八日、辛卯、伊賀前司朝光、和田左衛門尉義盛、北面の三間所に候す可きの由、今日武州伝へ仰せらる、彼所は、近習の壮士等を撰びて結番祗候せしむと云々、而るに件の両人は、宿老たりと雖も、古物語を聞召されんが為、之に加へらるる所なり。
— 太宰治 『右大臣実朝』 青空文庫
即ち宿老松田憲秀であって、密使を早雲寺の秀吉に発し、小田原城の西南、笠懸山に本営を進むべきことを説いて居る。
— 菊池寛 『小田原陣』 青空文庫
見ているうちに、かれの緻密このうえもなき明知は利刃のごとくにさえ渡って、犯行のあった土地が徳川宿老のご城下であるという点と、さながらその犯行が伊豆守の帰藩を待つようにして突発したというその二つの点に、ふと大きな疑問がわいてまいりましたものでしたから、右門は猪突にことばをかけました。
— 血染めの手形 『右門捕物帖』 青空文庫
同宿の坊さんはなか/\の物知りである、世間坊主としては珍らしい、たゞ物を知つてゐて物を味はつてゐない、酒好きで女好きで、よく稼ぎもするがよく費ひもする、もう一人の同宿老人は気の毒な身の上らしい、小学校長で敏腕家の弟にすがりつくべくあせつてゐる、煙草銭もないらしい一服二服おせつたいしてあげた。
— 種田山頭火 『行乞記』 青空文庫
当主正倫は、父伊予守|正右が明和六年七月十二日宿老の職にゐて卒したので、八月二十九日に其後を襲いだ。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
正倫は安永六年より天明七年に至るまで初め寺社奉行見習、後寺社奉行を勤め、天明七八年の両年間宿老に列してゐた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
その後、唯一人の旅人として、村から村へ、木馬の道や、桟道を踏み越え、禰宜からみようど、宿老・老女の居る屋敷と言へば、新百姓の一軒家までも尋ね入つて、重い鈍い口から、答へをむしりとる様な情熱が、組織を生んだのです。
— ――花祭り解説―― 『山の霜月舞』 青空文庫
「ご宿老の木村|常陸介様が、幸蔵主殿のおいで以来、気鬱のように陰気になられた。
— 国枝史郎 『血ぬられた懐刀』 青空文庫
作例 · 標準
幕府の宿老たちが集まり、次期将軍の選定について極秘の話し合いが行われた。
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彼は一族の宿老として、若者たちの争いを仲裁する役割を担っている。
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経験豊富な宿老の意見は、変化の激しい現代においても重みがある。
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ウィキペディア
宿老(しゅくろう)とは、『宿徳老成』の人の意味。十分に経験を積んだ老人を指す言葉であり、そこから転じて古参の臣や家老など重要な地位に就く者の称となった。
出典: 宿老 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0