王党派
おうとうは
名詞
標準
royalists
文例 · 用例
何故ならマルクスがバルザックの作品を評したなかで、バルザックが政治的には王党派であったにもかかわらず彼の文学におけるリアリズムの力は、どんな経済学の本よりも当時のフランスの社会相とプロレタリアートの未来を描破しているという意味の言葉を云っている。
— 宮本百合子 『今日の文学の展望』 青空文庫
このことに連関して、バルザックは王党派であったにも拘らず、プロレタリアの歴史的意味を正しく作品の中に反映していた、それは彼が傑れた芸術家であったからだという風に、簡単な反映論や無意識論が擡頭した。
— 宮本百合子 『今日の文学の鳥瞰図』 青空文庫
性格的にはベルニィ夫人と全く反対のカストリィ公爵夫人の気に入るために、バルザックは数県から王党派代議士として立候補し、いずれも落選した。
— 宮本百合子 『バルザックに対する評価』 青空文庫
この期間は、今日になって眺めるとバルザックのさして永くない生涯にとって、最も急テムポに彼の政治上の王党派的傾向とカソリック精神とが堅められた時代であった。
— 宮本百合子 『バルザックに対する評価』 青空文庫
彼がブルジョアジーを猛烈に攻撃するのは、実に彼自身がその一人となろうとする慾望の邪魔をされつづけたからであり、彼の貴族崇拝、正統王党派的見解は、既に崩壊した階級の敵と個人としての彼の敵とが計らずも一致したからのことであったのである。
— 宮本百合子 『バルザックに対する評価』 青空文庫
陰気で保守的な反政府的(反ルイ フィリップ)な反ブルジュア的な王党派の町。
— 宮本百合子 『「緑の騎士」ノート』 青空文庫
翌一七九三年の一月廿一日、ルイ十六世は断頭台の餌食になり、王党派の承認によって太子が名ばかりのフランス王、ルイ十七世になった。
— 久生十蘭 『カストリ侯実録』 青空文庫
……これらの者は長い間、ステファン家と王党派の緩衝をつとめ、どちらの側からも比較的好意を持たれていた男なのですが、就任早々、定時の春季機動演習を一カ月繰り上げて二月二十日に行うむねを発表して、近衛師団の大部分をポラーニヤの北部に移動させてしまいました。
— 久生十蘭 『墓地展望亭』 青空文庫
作例 · 標準
フランス革命期、王党派は共和派と激しく衝突し、ヴァンデー地方では内乱にまで発展した。
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議会の討論で王党派の議員たちは、立憲君主制の維持を強く主張した。
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亡命先のウィーンで王党派の貴族たちは、いつか王政を復古させる日を夢見て活動を続けた。
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ウィキペディア
王党派 は、王制を支持する政治党派である。フランスのように王制(ブルボン朝)支持派と帝制(ボナパルト朝)支持派が対立するケースもあり狭義にはあくまで王制のみの支持派を意味するが、広義には帝制などを含めた君主制支持派を王党派と呼ぶ。共和派(Republican)とは当然対立する。また君主親政を支持する勢力のみを指し、議院内閣制を前提とする立憲君主制の支持勢力を含まない場合もある。
出典: 王党派 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0