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文永

ぶんえい
名詞
1
標準
Bun'ei era (1264.2.28-1275.4.25)
文例 · 用例
して見ればこの人の薨去は文永四年で北条|時宗執権の頃であるから、その時分「げほう」と称する者があって、げほうといえば直に世人がどういうものだと解することが出来るほど一般に知られていたのである。
幸田露伴 魔法修行者 青空文庫
吾が言をば信ぜざる者は、試に看よ建文永楽の事を。
幸田露伴 運命 青空文庫
文永楽の間、史に曲筆多し、今|新に史徴を得るあるにあらざれば、疑を存せんのみ、確に知る能わざる也。
幸田露伴 運命 青空文庫
文永弘安の両役に於ける莫大なる戦費は勿論、その前後に於ける辺海警備の費用、諸社寺に於ける祈祷に対する恩賞などで、鎌倉幕府の財政は、漸く窮乏を告ぐるに至つた。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
それと同時に、幕府を窮地に陥れたことは、文永弘安の両役に於ける戦功者に対する論功行賞の問題だつた。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
「摂津国西成郡舳淵荘盛福寺鐘文永十一年甲戌四月九日鋳。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
繍帳はもと法隆寺の宝蔵の奥ふかく納まわれてあったが、のち、中宮寺にうつされ文永年間信如尼によって修補が行われた。
矢田津世子 ※女抄録 青空文庫
鵜飼の三次に行はれた起源は詳かにしないが、口碑によれば、天文永禄のころ毛利氏に亡された尼子浪人が、この地の磧洲に伏屋を結び、活計をたてたのに始まるといひ、当時夜そこからは細燈が漏れ、慈老鳥の啼き声しばしば市人の哀愁をひいたと伝へられる。
中村憲吉 三次の鵜飼 青空文庫
作例 · 標準
文永十一年、モンゴル帝国による最初の日本侵攻である「文永の役」が勃発した。
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鎌倉時代の文永年間、幕府は御家人たちの不満を抑えるために様々な法令を制定した。
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この絵巻物は文永の時代に描かれたもので、当時の武士の甲冑の様子がよくわかる。
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文永 は、日本の元号の一つ。弘長の後、建治の前。1264年から1275年までの期間を指す。この時代の天皇は亀山天皇、後宇多天皇。鎌倉幕府将軍は宗尊親王、惟康親王。執権は北条長時、北条政村、北条時宗。

出典: 文永 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0