黄檗宗
おうばくしゅう
名詞
標準
Ōbaku school of Zen Buddhism
文例 · 用例
いずれも黄檗宗の名僧|独湛の嗣法の弟子で、性格も世離れしているところから互いは親友でありました。
— 岡本かの子 『茶屋知らず物語』 青空文庫
崇福寺は、黄檗宗の由緒ある寺だが、荒廃し、入口の処、白い築地の崩れた間を通って行くようになっている。
— 宮本百合子 『長崎の印象』 青空文庫
やはり黄檗宗で、明の帰化人、陳冲の子頴川藤左衛門が尽力して盛大ならしめた寺だ。
— 宮本百合子 『長崎の印象』 青空文庫
今籠町の黄檗宗崇福寺へ行って、唐門前の石欄から始めて夕暮の市を俯瞰した時、その心理的効果がはっきり感じられて面白かった。
— 宮本百合子 『長崎の一瞥』 青空文庫
やはり、南京寺の一つ、黄檗宗に属す。
— 宮本百合子 『長崎の一瞥』 青空文庫
興教大師御誕生地御誕生院、また黄檗宗支所並明寺などがあつた。
— 種田山頭火 『行乞記』 青空文庫
黄檗宗のお寺ですから、下にずっと瓦を敷き詰めて、三方腰掛になっているのは支那風なのでしょう。
— 小金井喜美子 『鴎外の思い出』 青空文庫
いつぞや芝白金の瑞聖寺という名高い黄檗宗の禅寺を見に行った時その門前の閑地に一人の男が頻と元結の車を繰っていた。
— 一名 東京散策記 『日和下駄』 青空文庫
作例 · 標準
例句