乾隆
けんりゅう
名詞
標準
Qianlong era (of emperor Gaozong of Qing; 1735-1796)
文例 · 用例
然るに廟諡を得たもうこと無く、正徳、万暦、崇禎の間、事しば/\議せられて、而も遂に行われず、明亡び、清起りて、乾隆元年に至って、はじめて恭憫恵皇帝という諡を得たまえり。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
「前清の乾隆年間のことだそうだ。
— 岡本綺堂 『女侠伝』 青空文庫
「わたくしは最後に『閲微草堂筆記』を受持つことになりましたが、これは前の『子不語』にまさる大物で、作者は観奕道人と署名してありますが、実は清の紀は号を暁嵐といい、乾隆時代の進士で、協弁大学士に進み、官選の四庫全書を作る時には編集総裁に挙げられ、学者として、詩人として知られて居ります。
— 閲微草堂筆記(清) 『中国怪奇小説集』 青空文庫
「清朝もその国初の康煕、雍正、乾隆の百三十余年間はめざましい文運隆昌の時代で、嘉慶に至って漸く衰えはじめました。
— 池北偶談 『中国怪奇小説集』 青空文庫
この作者は清の袁枚で、字を子才といい、号を簡斎といいまして、銭塘の人、乾隆年間の進士で、各地方の知県をつとめて評判のよかった人でありますが、年四十にして官途を辞し、江寧の小倉山下に山荘を作って小倉山房といい、その庭園を随園と名づけましたので、世の人は随園先生と呼んで居りました。
— 子不語 『中国怪奇小説集』 青空文庫
彼は詩文の大家で、種々の著作もあり、詩人としては乾隆四家の一人に数えられて居ります。
— 子不語 『中国怪奇小説集』 青空文庫
なにしろ正編続編をあわせて三十四巻、一千十六種の説話を蒐集してあるという大作ですから、これから申し上げるのは、単にその片鱗に過ぎないものと御承知ください」 老嫗の妖 清の乾隆二十年、都で小児が生まれると、驚風(脳膜炎)にかかってたちまち死亡するのが多かった。
— 子不語 『中国怪奇小説集』 青空文庫
狗熊 清の乾隆二十六年のことである。
— 子不語 『中国怪奇小説集』 青空文庫
作例 · 標準
中国清朝の乾隆帝の時代は、文化が栄えた「乾隆盛世」と呼ばれている。
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乾隆年間には、多くの優れた陶磁器が作られた。
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彼は乾隆帝が収集した美術品に魅せられている。
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ウィキペディア
乾隆 は、清の高宗の治世中に使われた元号。1736年 - 1795年。
出典: 乾隆 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0