貞享
じょうきょう
名詞
標準
Jōkyō era (1684.2.21-1688.9.30)
文例 · 用例
貞享二年十二月二十五日、聖者白隠は駿河国駿東郡原駅で生れた。
— 岡本かの子 『宝永噴火』 青空文庫
はじめ天和、貞享の頃、津軽半島地方に於いて、日本海岸の砂丘数里の間に植林を行ひ、もつて潮風を防ぎ、またもつて岩木川下流地方の荒蕪開拓に資した。
— 太宰治 『津軽』 青空文庫
大嘗会というのは、貞享四年に東山天皇の盛儀があってから、桂屋太郎兵衛の事を書いた高札の立った元文三年十一月二十三日の直前、同じ月の十九日に五十一年目に、桜町天皇が挙行したもうまで、中絶していたのである。
— 森鴎外 『最後の一句』 青空文庫
大嘗會と云ふのは、貞享四年に東山天皇の盛儀があつてから、桂屋太郎兵衞の事を書いた高札の立つた元文三年十一月二十三日の直前、同じ月の十九日に、五十一年目に、櫻町天皇が擧行し給ふまで、中絶してゐたのである。
— 森鴎外 『最後の一句』 青空文庫
これ貞享三年印本『藤太行状』というに載せたりと。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
惟うに茶人の著る十徳という物あるに因って、茶を植うれば他の作物に十倍増して利益ある由を、この書の出来た貞享五年頃、またはその前に世に言い囃し、当時諺となって人口に膾炙したものであるまいか。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
その後それより三十二年前、貞享三年板『諸国心中女』を見ると、巻四「命を掛けし浮橋」の条、京都の西郊に豊かに住む人の美妻が夫の仕う美少年と通じ、夢を見て大いに悔悟し夫に向って始終を語り歎くと「向う鹿に矢の立たぬと男|易く赦してけり」とある。
— 猪に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
尤も長崎から上方に来たのはかなり古い時代で、西鶴の作にも軽焼の名が見えるから天和貞享頃には最う上方|人に賞翫されていたものと見える。
— ――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド―― 『淡島椿岳』 青空文庫
作例 · 標準
貞享の暦学革命により、それまで使われていた宣明暦に代わって、日本独自の「貞享暦」が導入された。
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貞享年間には、井原西鶴や松尾芭蕉といった才能ある文人たちが次々と傑作を世に送り出した。
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歴史小説を読みながら、江戸時代中期の貞享文化が持つ華やかで力強いエネルギーを感じ取った。
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