藩学
はんがく
名詞
標準
han school
文例 · 用例
* 義公以来連綿として続いた水戸の藩学は、会沢伯民、藤田東湖の二|碩学の出現により、鬱然たる体系をなし、後世、水戸学と称されて、尊皇論の中核となつてゐる。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
幕末の、進歩的な藩に置かれた藩学校は、当時表面上は幕府法律で禁じられていた英、蘭学の学習を秘密に行ったり、「万国」の事情に精通しようとする努力を示した。
— ――旧き大学の功罪―― 『新しいアカデミアを』 青空文庫
しかし、これらの藩学校は、藩という制度の枠にはまっていた本質上、当時の身分制度である士農工商のけじめを脱したものではなかった。
— ――旧き大学の功罪―― 『新しいアカデミアを』 青空文庫
「士分の子弟」の智能開発が藩学校での目的であった。
— ――旧き大学の功罪―― 『新しいアカデミアを』 青空文庫
これより先艮斎は天保十三年に故郷に帰って、二本松にある藩学の教授になったが、弘化元年に再び江戸に来て、嘉永二年以来|昌平黌の教授になっていた。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
弘前ではこれより先藩学|稽古館に蘭学堂を設けて、官医と町医との子弟を教育していた。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
しかのみならず令の出づるに先だって、十四歳を以て藩学の助教にせられ、生徒に経書を授けている。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
その九十一 成善は藩学の職を辞して、この年三月二十一日に、母|五百と水杯を酌み交して別れ、駕籠に乗って家を出た。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
作例 · 標準
江戸時代、藩学は武士の子弟の教育機関として重要な役割を担った。
Illusions AI · gemini-2.5-flash
彼は幼い頃から地元の藩学に通い、学問を修めた。
Illusions AI · gemini-2.5-flash
多くの藩では、優秀な人材を育てるために藩学の充実に力を入れた。
Illusions AI · gemini-2.5-flash