薩長同盟
さっちょうどうめい
名詞
標準
Satchō Alliance
文例 · 用例
勤皇志士と薩長同盟 明治維新に活躍した勤皇の志士の中でも、その忠誠や志操が、何等報いられずして、中途で斃れた人が、何と多いことであらう。
— 菊池寛 『二千六百年史抄』 青空文庫
討幕薩長同盟いらいの向英一辺倒が鋭角的に突如向米一辺倒に転換するのは、私の考えでは、明治三年五月下旬のことである。
— 服部之総 『黒田清隆の方針』 青空文庫
薩長同盟の成立は慶応二年正月京都においてできたといわれる。
— 服部之総 『尊攘戦略史』 青空文庫
これらの事実は、もとより、薩長同盟その他が討幕派志士の行動を通じて達成されたという事実を、少しもまげるものではない。
— 服部之総 『尊攘戦略史』 青空文庫
作例 · 標準
歴史の教科書で、薩長同盟について学んだ。
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坂本龍馬は薩長同盟の成立に大きな役割を果たした。
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薩長同盟は、討幕運動を加速させるきっかけとなった。
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ウィキペディア
薩長同盟(さっちょうどうめい)は、江戸時代後期(幕末)の慶応2年1月21日(1866年3月7日)に、坂本龍馬の仲介で近衛家別邸御花畑屋敷(小松帯刀邸)(京都市上京区)で締結された、薩摩藩と長州藩の政治的、軍事的同盟。薩長盟約、薩長連合ともいう。
出典: 薩長同盟 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0