北家
ほっけ
名詞
標準
Hokke (northern branch of the Fujiwara clan, Heian period)
文例 · 用例
彼が帰って家の周囲を見渡すと今までの広い空地はどこにもなくなり、東西南北家がぎっしり建っていた。
— 横光利一 『厨房日記』 青空文庫
すると関白基経の生んだ穏子から二人の天皇までお生れになっているのが分り、これは有り難いことだと、俄に彼は清水を含んだ思いに立ち返って、暗怪な時平に代り、その妹の穏子の方の身の上を想像しながら、夜更けまで藤原北家の流れの行方を尋ねていった。
— 横光利一 『旅愁』 青空文庫
其には藤原北家長岡大臣(内麻呂)の子孫から採るといふ事になつてゐて、毎年さうしてゐたらしいことは、北山抄にあります。
— 折口信夫 『春日若宮御祭の研究』 青空文庫
何にしても、此巻は、漢文学嗜きな北家藤原氏から出た材料とも言はれる程、大伴家出の物や他の巻々とは面目を異にしてゐる。
— 折口信夫 『万葉集研究』 青空文庫
各々家をたて、武智麻呂を南家、房前を北家、宇合を式家、麻呂を京家と称し、各々枢機に参じてゐた。
— 坂口安吾 『道鏡』 青空文庫
越えて翌年、益々盛んになつて、四月北家を手初めに、京家南家と、主人から、まづ此|時疫に亡くなつて、八月にはとう/\、式家の宇合卿まで仆れた。
— 釋迢空 『死者の書』 青空文庫
今一代此方から進ぜなかつたら、齋き姫になる娘の多い北家の方がすぐに取つて替つて、氏上に据るは。
— 釋迢空 『死者の書』 青空文庫
越えて翌年、益々盛んになつて、四月北家を手初めに、京家・南家と、主人から、まづ此|時疫に亡くなつて、八月にはとう/\、式家の宇合卿まで仆れた。
— 折口信夫 『死者の書』 青空文庫
作例 · 標準
藤原北家は、他氏を排斥して摂関政治を確立し、平安貴族社会の頂点に君臨した。
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歴史の授業で、藤原四家の中でも北家が最も繁栄した経緯について詳しく学んだ。
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北家の系譜を辿ると、多くの有名な公卿や歌人の名前が出てきて興味深い。
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ウィキペディア曖昧さ回避
北家(ほっけ、きたけ) 藤原北家(ほっけ)。藤原四家のひとつ。初代藤原房前が北に家を構えたことより。後に最も栄えた。 佐竹北家(きたけ)の略称。佐竹四家のひとつ。江戸時代に角館(現・仙北市)周辺を治めた。⇒佐竹氏 北という一族。きたけ。詳しくは北氏を参照。 麻雀において親の上家にあたる位置。「ぺーちゃ」と読む。
関連項目
出典: 北家 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0