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徳川家

とくがわけ
名詞
1
標準
the House of Tokugawa
文例 · 用例
昔の人々は塹壕戦と言わないで他の言葉でいろいろ言い現していますが、中でも有名なのは徳川家康の「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし」という格言であります。
岡本かの子 仏教人生読本 青空文庫
が、客が待たうが待つまいが、一向に頓着なく、此方は此方、と澄した工合が、徳川家時代から味の變らぬ頼もしさであらう。
泉鏡太郎 松の葉 青空文庫
境内に石碑があつて、慶長五年|関ヶ|原役の時に、山内一豊がこゝに茶亭を築いて、東海道を攻め上つて来た徳川家康を饗した古跡であるといふことが彫刻されてゐる。
岡本綺堂 小夜の中山夜啼石 青空文庫
人物について言えば、秀吉やナポレオンやの生涯は詩的であるが、徳川家康の成功は散文的だ。
萩原朔太郎 詩の原理 青空文庫
しかし徳川家康といふ名が、いかにも老獪堅実の政治家を聯想させ、明智光秀といふ名が、いかにも神経質で知性的インテリ武人を聯想させるのは事実である。
萩原朔太郎 名前の話 青空文庫
津軽藩祖大浦為信は、関ヶ原の合戦に於いて徳川方に加勢し、慶長八年、徳川家康将軍宣下と共に、徳川幕下の四万七千石の一侯伯となり、ただちに弘前高岡に城池の区劃をはじめて、二代藩主津軽信牧の時に到り、やうやく完成を見たのが、この弘前城であるといふ。
太宰治 津軽 青空文庫
尋で使を肥前名護屋に遣はし、秀吉の陣を犒ひ、三年正月には従四位下右京大夫となり、慶長五年関ヶ原の役には、兵を出して徳川家康の軍に従ひ、西上して大垣に戦ひ、上野国大館二千石を加増す。
太宰治 津軽 青空文庫
関白の威勢や、三好秀次や浅野長政や前田利家や徳川家康や、其他の有象無象等の信書や言語が何を云って来たからと云って、禽の羽音、虻の羽音だ。
幸田露伴 蒲生氏郷 青空文庫
作例 · 標準
徳川家は日本の歴史において非常に重要な役割を果たした。
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徳川家の菩提寺は、多くの歴史的建造物を有している。
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徳川家の系譜は、江戸時代の権力の象徴だった。
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