新柳
しんりゅう
名詞
標準
文例 · 用例
しかるに、移転して三月目にその家が焼夷弾で丸焼けになったので、まちはずれの新柳町の或る家へ一時立ち退き、それからどうせ死ぬなら故郷で、という気持から子供二人を抱えて津軽の生家へ来たのであるが、来て二週目に、あの御放送があった、というのが、私のこれまでの浪々生活の、あらましの経緯である。
— 太宰治 『十五年間』 青空文庫
その柳に因んで名づけられた新柳町に、前記の諸寺院の大部分がある訳だが、旧本丸から熱田まで縦走して居る本町筋との交叉点から、市の中心をなす大津町筋との交叉点までがいはゞもつとも繁昌なところであつて、『栄町』の名は至つてふさはしい。
— 小酒井不木 『名古屋スケツチ』 青空文庫
新柳空は瑠璃いろ、雨のあと、並木の柳、まんまろくなびく新芽の浅みどり。
— 與謝野晶子 『晶子詩篇全集』 青空文庫
流行の先を制せむとては、新柳二橋と、三井呉服店へ、特派通信員を、お差立てにも、なりかねまじき、惨怛の御工夫。
— 清水紫琴 『したゆく水』 青空文庫
当時池之端数寄屋町の芸者は新柳二橋の妓と頡頏して其品致を下さなかった。
— 永井荷風 『上野』 青空文庫
さて両国橋納涼の群集と屋形船屋根船の往来(中巻第三図)を見て過れば、第四図は新柳橋に夕立降りそそぎて、艶しき女三人袖吹き払ふ雨風に傘をつぼめ跣足の裾を乱して小走りに急げば、それと行違ひに薄べりと浴衣を冠りし真裸体の男二人雨をついて走る。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
余は猩々狂斎の背景に二代目国貞が新柳二橋の美人を描きたる一枚絵に時として佳き者あるを見たり。
— 永井荷風 『江戸芸術論』 青空文庫
明治五年|新富町の劇場舞台開きをなせし時、新柳二橋の歌妓両花道に並んで褒詞を述べたる盛況は久しく都人の伝称せし所なりけり。
— 永井荷風 『桑中喜語』 青空文庫