銅鐸
どうたく
名詞
標準
bell-shaped bronze vessel of Yayoi period
文例 · 用例
(ヘ)青銅器と銅鐸 今まで申した日本の石器時代は、幾年ほどつゞいたかといふことは、確にはわかりませんが、けっして二百年や三百年の短い期間ではなくて、あるひは千年にも近い長い間のことゝ思はれます。
— 濱田青陵 『博物館』 青空文庫
(第四十九圖)第四十七圖 日本青銅器 次ぎに、大體この頃のものと思はれる銅器に、銅鐸といふものがあります。
— 濱田青陵 『博物館』 青空文庫
この銅鐸は今まで古墳から出たことはなく、岩の間や、山かげなどからひょこっと出るのが普通であり、そしてたくさんの數が一度に出ることも時々あります。
— 濱田青陵 『博物館』 青空文庫
銅鐸はその形が、釣り鐘のようでありますから、やはり樂器ではあるまいかといふ人もありますが、さて樂器に使つた跡も見られませんので、何か寶物として持つてゐたものだらうと考へるより仕方がありません。
— 濱田青陵 『博物館』 青空文庫
皆さん、こゝにある銅劍や銅鉾や銅鐸などを一巡御覽になつたら、次ぎの室に行くことにいたしませう。
— 濱田青陵 『博物館』 青空文庫
近頃銅鐸に關する研究、古鏡に關する研究等は急速に進歩して來たが、銅鐸と云ふものは大體に於て支那の鐘から變化して、しかも支那人の歸化人でないところの土着民族が、其の意匠を加へて造つたものであると認められる。
— 内藤湖南 『日本文化とは何ぞや(其一)』 青空文庫
其の銅鐸の手本となつた支那器物は、何うしても先秦時代から支那民族に用ゐられたものであつて、其の土着民族によつて變形された時代が、已に耶蘇紀元以前であるといふことは幾多の證據を擧ぐることを得る。
— 内藤湖南 『日本文化とは何ぞや(其一)』 青空文庫
前漢時代に於て既に變形された銅鐸を日本民族が製作した證跡を見るときは、其等のものが變形されずに、支那製作品を其まゝ受取つた時代は、必ず其れ以前でなければならぬのである。
— 内藤湖南 『日本文化とは何ぞや(其一)』 青空文庫
作例 · 標準
弥生時代に作られた銅鐸が、遺跡から多数発見された。
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銅鐸には、当時の人々の生活や信仰が描かれていることが多い。
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その博物館には、巨大な銅鐸が展示されており、多くの観光客を魅了していた。
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ウィキペディア
銅鐸(どうたく)は、弥生時代に製造された釣鐘型の青銅器である。紀元前2世紀から2世紀の約400年間にわたって製作、使用された。
出典: 銅鐸 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0