生天
しょうてん
名詞
標準
文例 · 用例
死後|生天波羅葦増雲善主麿。
— 木下杢太郎 『南蛮寺門前』 青空文庫
猪八戒前生天蓬元帥たり。
— 猪に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
その裏面を窺ふと、或は願後身世世、勿復生天王家(劉宋の順帝)といひ、或は願自今以往、不復生帝王家(隋の恭帝)といひ、似而非なる禪讓の犧牲となつた君主の境遇、眞に憐むべきものがあつても、兔に角形式の上では、堯舜の先例その儘になつて居れば、それで支那人は承知するのである。
— 桑原隲蔵 『支那人の文弱と保守』 青空文庫
無力なる君主は、或は願後身世世、勿復生天王家といひ(劉宋の順帝)、或は願自今以往、不復生帝王家といひ(隋の恭帝)、極端なる恐迫觀念に戰きつつ、危惧憂鬱なる一生を送る。
— 桑原隲蔵 『支那人の妥協性と猜疑心』 青空文庫
當時宦官を指して定策國老と呼び、之に對して皇帝を門生天子と稱した。
— 桑原隲藏 『支那の宦官』 青空文庫
定策國老とは、試驗官に當る國家の元老といふ意味で、門生天子とは、その試驗官の檢定で、及落を決定せらるる受驗生の天子といふ意味である。
— 桑原隲藏 『支那の宦官』 青空文庫
迭屑 Tersa 人(耶蘇教徒)奉彌失訶(Messiah)言得生天。
— 桑原隲藏 『創建清眞寺碑』 青空文庫
二百あまりの家と云う家はずらり西側に並んで、向う岸との間は先ず隅田川位、おおいと呼べば応と答えて渡守が舟を出す位だが、東側は唯もう山と畠で持切って、それから向うへは波の上一里半、麻生天王崎の大松も、女扇の絵に画く子日の松位にしか見えない。
— 徳冨蘆花 『漁師の娘』 青空文庫