上野戦争
うえのせんそう
名詞
標準
Battle of Ueno (battle of the Boshin war; 1868)
文例 · 用例
上野戦争後諸藩引払ひの時余の一家は皆尾州へおもむきたれど、ただ父なる人のみはなほ留まりて江戸の邸を守り給へり。
— 内田魯庵 『二葉亭四迷の一生』 青空文庫
で、弟弟子の小沢松五郎を伴れ(上野戦争のはなしの条にて、半さんの家へ私と一緒に参った小僧)、小風呂敷に包んだものを持って吾妻橋へ行きました。
— 大隈綾子刀自の思い出 『幕末維新懐古談』 青空文庫
このパノラマは上野公園には上野戦争がかいてあったが、これは浅草公園のものほど度々は見ずにしまった。
— 斎藤茂吉 『三筋町界隈』 青空文庫
光映は明治元年五月十五日上野戦争の際|輪王寺の宮に供奉して上野を逃れ三河島尾久村に潜み、十七日|市ヶ谷富久町の自証院に抵って暇を賜った。
— 永井荷風 『下谷叢話』 青空文庫