開戦後
かいせんご
名詞
標準
文例 · 用例
薩摩方も予想外に強く、官軍は始終大苦戦で、開戦後四十日の間にわずかに三、四里の進軍と聞いて、孝允なぞはこれを明治の帝が中興に大関係ある白骨勝負と見た。
— 第二部下 『夜明け前』 青空文庫
いわゆるマジノ延長線は紙上計画に止まり大体有事の日、工事に取りかかる考えであったが、開戦後は労働力の不足等の関係で大して工事を施されていなかった。
— 石原莞爾 『戦争史大観』 青空文庫
大戦|勃発後八方に敵を受けたドイツが、開戦後まもなく率先して経済組織の大改造を企てたのも、ひっきょうはこれがためである。
— 河上肇 『貧乏物語』 青空文庫
開戦後まもなく軍需大臣となり、次いで陸軍大臣に転じ、ついに今は総理大臣の椅子を占め、隠然として連合諸国の総大将たるの観がある。
— 河上肇 『貧乏物語』 青空文庫
従ってこんな発達した原子爆弾を一万個も準備し、且つこれを目的地に運搬する艦船を持って居りさえすれば、その国は、動機の正否は別として、戦を始めれば開戦後極めて短い時日の間に相手国の都市を全滅せしめることは、夢でなくして現実にできる問題である。
— 仁科芳雄 『原子力の管理』 青空文庫
山崎のほうはむかしの夢が忘れられず、また一屯千四百ドル相場にかえることを信じて貝床にしがみついていたが、日米開戦後、濠洲軍に捕まってツラギで苦役をしていたらしいが、終戦後、対馬の長男といっしょにラバウルのキャンプへ送られてきて、炊事場の使い番のようなことをしていたと、早く帰った復員者から聞いた。
— 久生十蘭 『三界万霊塔』 青空文庫
開戦後まもなく、フィリッピンに上陸したときは、一分一秒といえども、モオリーのことを考えない瞬間はなかったといってもいい。
— 久生十蘭 『南部の鼻曲り』 青空文庫
●日露開戦後仁川に又旅順に、我軍戦へば必ず勝つの時にあたり、欧洲の或外交家は我々を以て好戦国民なりとし、又黄色人種危禍の説が甚盛大になりしにつき、我国朝野の人士は其妄誕なるを弁ずるに勉めつゝある。
— 大石誠之助 『外交の後援』 青空文庫