孟母
もうぼ
名詞
語義は準備中です。この語は青空文庫の用例から収録した新着の見出しで、現在は読み・品詞・用例のみ確定しています。
文例 · 用例
「孟母断機の図」(二十四歳頃の作)にしても、これはまた浮世絵的傾向とは、およそ縁遠い厳格な手法なのである。
— 美術論・画論 『小熊秀雄全集−19−』 青空文庫
氏より育ち、とか、孟母三遷の教えとか、人間は、環境に支配されるとか、朱に交わればとか、教育は第二の天性とか――いろいろの言葉があるが、私は、一体、大阪人なのか、東京人なのか?
— 直木三十五 『大阪を歩く』 青空文庫
孟母三遷というような女の積極的な判断が行動へあらわれたような例よりも、女は三界に家なきもの、女は三従の教えにしたがうべきもの、それこそ女らしいこととされた。
— ――女らしさの昨日、今日、明日―― 『新しい船出』 青空文庫
その母賢にして、その子の愚なる者にいたりては、けだし古来|稀なり」 わたくしは、かつてのわたくしの作「孟母断機」の図を憶い出すごとに、一代の儒者、安井息軒先生の、右のお言葉を連想するを常としている。
— 上村松園 『孟母断機』 青空文庫
世に謂う孟母三遷の有名な話であるが、孟母は、これほどにまでして育てた孟子も、成長したので思い切って他国へ学問にやってしまった。
— 上村松園 『孟母断機』 青空文庫
ちょうどそのときは、孟母は機を織っていた。
— 上村松園 『孟母断機』 青空文庫
やはり以前と同じところを学んでいますが、いくらやっても駄目なので、やめて帰りました」 この答えをきいた孟母は、いきなり傍の刃物をとりあげると、苦心の織物を途中で剪ってしまった。
— 上村松園 『孟母断機』 青空文庫
「孟母断機」の図を描いたのは、明治三十二年であった。
— 上村松園 『孟母断機』 青空文庫