恭順論
きょうじゅんろん
名詞
標準
文例 · 用例
その後で、議論は東下論と恭順論との二つに分かれた。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
東下論は硬論であり、恭順論は軟論であった。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
それに対して、政治奉行の小森九右衛門、山本主馬などが恭順論を主張した。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
東下の籤が出た以上、恭順論者も諦めてそれに従う外はなかった。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
神籤のために、嫌々ながら、東下論に従っていた恭順論者は、再び自説を主張し始めた。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
二人は、彼ら自身恭順論者でありながら、必死に下士たちを宥めて、籤に当って決った藩論に従わしめようと焦った。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
二人の死を、転機としたように――二人の死をまったくの犬死にするように、下士たちの恭順論は、いつの間にか藩論を征服していた。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫