遺民
いみん
名詞
標準
文例 · 用例
」と思ツて周三は、づらり室を見廻して、「幕府時代の遺物の裡に、幕府時代の遺民が舊い夢を見ながら、辛うじて外界の壓迫に耐へて活きてゐるんだ。
— 三島霜川 『平民の娘』 青空文庫
明の遺民|戴笠、字は曼公が国を去つて長崎に来り、後暫く岩国に寓した時、錦橋の曾祖父|嵩山が笠を師として痘科を受けた。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
胡元朝の遺民|陶宗儀の『輟耕録』四に、往々蒙古人雨を祷るを見るに、支那の方士が旗剣符訣等を用うると異なり、ただ石子数枚を浄水に浸し呪を持て石子を淘玩すと、やや久しくして雨ふる、その石を鮓答といい、諸獣の腹にあれど、牛馬に生ずるのが最も妙だと見ゆ。
— 馬に関する民俗と伝説 『十二支考』 青空文庫
すなわち三山の遺民は戯曲「忠孝婦人」の玉栄が村原婦人と「御神一ツの近親類」といって誇ったように威名赫々たる中山王と神を同じうする近い親類といって喜んだのでありましょう。
— 伊波普猷 『ユタの歴史的研究』 青空文庫
天智天皇の七年、高麗国の滅亡するや、その遺民唐の粟を食むことを潔しとせず、相率いて我が国に帰化し、その数数千に及び、武蔵その他の東国に住んだが、それらの者の長、剽盗に家財を奪われるを恐れ、塚を造り、神を祭ると称し、塚の下に穴倉を設け、財宝を隠匿した。
— 国枝史郎 『血曼陀羅紙帳武士』 青空文庫
此はかぶき者としての、戦国の遺民と言ふので、厭はれ隔離せられた風が変つて、風教を害ふ程誘惑力を蓄へて行つた為である。
— 唱導的方面を中心として 『国文学の発生(第四稿)』 青空文庫
蒲壽庚の事蹟を調査するのに、彼の血統のことを傳へた第一の古い材料は、南宋の遺民の鄭所南の『心史』である。
— 桑原隲藏 『蒲壽庚の事蹟』 青空文庫
実に太古の遺民なり。
— 井上円了 『南半球五万哩』 青空文庫