享禄
きょうろく
名詞
標準
Kyōroku era (1528.8.20-1532.7.29)
文例 · 用例
享禄四年に高国が摂津国尼崎に敗れたとき、弾正は敵二人を両腋に挟んで海に飛び込んで死んだ。
— 森鴎外 『阿部一族』 青空文庫
逍遙院|実隆の享禄辛卯(八年)の抄本が即是である。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
以上記した十個の記録が、歴史あって以来富士に関する最も有名の爆発であるが、尚西教史による時は、慶長十二年富士焚とあり、また甲信譜による時は、享禄以降元亀天正まで富士不断に煙りを揚ぐと、こうはっきり記されてある。
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
享禄以降天正までと云えばいわゆる戦国の真っ最中で武田信玄の全盛期である。
— 国枝史郎 『神州纐纈城』 青空文庫
享禄二年七郷紀に当郷不見。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
又、享禄年七郷記并天正地子帳等当町を不載。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
享禄二年に土佐狩野の画家に扇十本を描かしめて、これを太田庄に遣わしたというのも多分かく都合のよい荘園であったからだろうと思われる。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
結び賃は、ハッキリとは知れぬけれど、享禄五年に実隆からして十六本の結び賃を筆工に払ったことがある。
— 原勝郎 『東山時代における一縉紳の生活』 青空文庫
作例 · 標準
享禄年間の出来事について、古文書を調査している。
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この絵は享禄3年に描かれたとされている。
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戦国時代の享禄年間は、各地で争乱が絶えなかった。
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