諸隊
しょたい
名詞
標準
文例 · 用例
何はあれ関勝蔵の一隊を境にして、前の諸隊は一揆勢に向い、後の三与は政宗に備えながら、そして全軍が木村父子救援の為に佐沼の城を志して、差当りは高清水の敵城を屠らんと進行したのは稀有な陣法で、氏郷|雄毅深沈とは云え、十死一生、危きこと一髪を以て千鈞を繋ぐものである。
— 幸田露伴 『蒲生氏郷』 青空文庫
中根香亭は「朝延大発軍艦北征、我艦要撃之于宮古、敗而還、於是五稜廓為本営、列戦艦於函館港、分遣諸隊於松前江差室蘭、以備敵」と記してゐる。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
鳥羽伏見で、敵方に錦旗が翻めくと同時に、味方の足が浮いていつとなく総崩れとなり、淀の堤を退去したとき、彼はいつの間にか味方の諸隊と離れていた。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
鳥取藩と芸州藩の諸隊が、この青雲寺を取り囲んだのは。
— 菊池寛 『乱世』 青空文庫
信玄は八幡社の東方附近に、他の諸隊はこの左右前後に陣す。
— 菊池寛 『川中島合戦』 青空文庫
信玄は陣形を十二段に構え、迂廻軍の到着迄持ちこたえる策をとり、百足の指物差した使番衆を諸隊に走らせて、諸隊その位置をなるべく保つようにと、厳命した。
— 菊池寛 『川中島合戦』 青空文庫
他の諸隊も皆この通りであっただろう。
— 菊池寛 『川中島合戦』 青空文庫
謙信は諸隊の退却をみとどけて最後に退いたが、甲軍の追撃猛烈のため犀川に退却するのが困難になったので、東方に血路を開き三牧畠の瀬を渡って退いたといわれる。
— 菊池寛 『川中島合戦』 青空文庫