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甲越

こうえつ
名詞
1
標準
文例 · 用例
荒川は甲越の戦争の頃の武辺話を聞いたことがある。
森鴎外 金貨 青空文庫
甲越二将が、手切れとなったのは、天文二十二年で、爾来二十六年間の交戦状態に於て、川中島に於ける交戦は数回あったが、其の主なるものは、弘治元年七月十九日|犀川河畔の戦闘と永禄四年九月十日の川中島合戦との二回だけである。
菊池寛 川中島合戦 青空文庫
此の九月十日の合戦こそ甲越戦記のクライマックスで、謙信が小豆長光の銘刀をふりかぶって、信玄にきりつくること九回にわたったと言われている。
菊池寛 川中島合戦 青空文庫
とにかく甲越二軍の精兵が必死に戦ったのであるから、猛烈を極めただろう。
菊池寛 川中島合戦 青空文庫
その後、永禄七年の戦に、甲越両軍多年の勝負を角力に決せんとし、甲軍より大兵の安間彦六、越軍より小兵の長谷川与五左衛門を出して組み打ちさせ、与五左衛門勝って、川中島四郡越後に属したとあるが、之は嘘らしい。
菊池寛 川中島合戦 青空文庫
当時、一軍と一軍との戦争とすれば、甲越二将は、もつとも強かつたが、この二将と相模の北條氏康とが、南北の一線上に連り、お互に牽制し合つて、三人とも西方に向つて身動きが出来なかつたのである。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
甲越の決戦を観望して、「傍毒龍有り、其※を待つ」の感があつた北條氏康は、元亀二年に歿し、こゝに均衡勢力の一端は破れた。
菊池寛 二千六百年史抄 青空文庫
古來武田上杉家は武功の家と申、又乍恐東照宮三河御在國の時天下無敵の御勢被爲有候え共、甲越の家來盡く武人にも有之間敷、三河士は何れも槍劍の達人にて東照宮も御勝利被爲有候と申儀も承不申、左候えば國の強弱は武人の多少には拘らず、武備の法の整と不整に依候義と奉存候。
福澤諭吉 御時務の儀に付申上候書付 青空文庫