倭国
わこく
名詞
標準
Japan
文例 · 用例
古記に云はく、遊部は、大倭国高市郡に在り。
— 折口信夫 『和歌の発生と諸芸術との関係』 青空文庫
倭国の禍になるものは芽生えのうちに除こうと思ったのである。
— 芥川龍之介 『金将軍』 青空文庫
国の組織が出来てからは、大倭国内の豪族は、皆|大身を意味する敬称を以て、君から遇せられた。
— 折口信夫 『万葉集研究』 青空文庫
山神に仕へる資格を持つた倭国造家の人である。
— ――序説として―― 『唱導文学』 青空文庫
時弟猾又奏曰、倭国磯城邑有磯城八十梟帥。
— ――その基礎論―― 『日本文学の発生』 青空文庫
『唐書』に「倭国の東北、大山を限り、其の外は即ち毛人」とあるは、斉明天皇遣使当時の実際を示せるものにして、必ずしも太古の状態を説くものにあらずといえども、また倭国と毛人との間に他の夷族あるを言わず。
— 喜田貞吉 『武士を夷ということの考』 青空文庫
二 倭国と云う名称 我が国家が始めて直接に支那の国家と交渉を持つに至ったのは、我が国では応神天皇の御代、支那では東晋の末であった、爾来、宋・斉・梁等の、所謂南朝の諸国と交通を重ねたが、その後国交中断すること百余年。
— 喜田貞吉 『国号の由来』 青空文庫
しかしながら、隋においては古来の伝統によりて依然我が国の事を倭国と称していたのであった。
— 喜田貞吉 『国号の由来』 青空文庫
作例 · 標準
古文書には、かつて倭国と呼ばれていた時代の記録が残されている。
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倭国(わこく)とは、古代の中国の諸王朝やその周辺諸国が、当時中国の南東にあった政治勢力、国家を指して用いた呼称。7世紀後半に倭国と呼ばれていたヤマト王権は対外的な国号を日本に改めた。
出典: 倭国 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0