懐聖
ふところせい
名詞
標準
文例 · 用例
吾が輩はこの岳珂の記事から推測して、現今廣州城内にある懷聖寺の番塔又は光塔――廣東の一名物である――は、南宋時代の蒲姓の宅後のなど、蒲姓の堵波の遺物でないかと想ふ。
— 桑原隲藏 『蒲壽庚の事蹟』 青空文庫
吾が輩は更に進んで懷聖寺そのものも、或は宋代の蒲姓の建立ではあるまいかと想ふ。
— 桑原隲藏 『蒲壽庚の事蹟』 青空文庫
廣東の遺蹟といふは主として廣州府城内の光塔街にある懷聖寺と、廣州府城の北郊一マイル足らずの桂華岡にある斡葛思(〔Wakka^s〕)の墓、即ち俗に香墳又は響墳として知られて居るそれである。
— 桑原隲藏 『創建清眞寺碑』 青空文庫
即ち元の至正十年(西暦一三五〇)に支那の囘教徒が廣東に重建懷聖寺記の碑を建てた時、丁度この年は囘暦の七百五十一年に當つて居るから(これはその碑のアラビア文にも明記してある)、彼等は支那とアラビアの暦の相違を覺らずに、至正十年より七百五十年前に當る隋の開皇二十年(西暦六〇〇)を囘暦の紀元と誤算した。
— 桑原隲藏 『創建清眞寺碑』 青空文庫