至徳
しとく
名詞
標準
文例 · 用例
これは「一以貫之」を読んで、「一以て之を通ず」とするもので、焦氏の説は、貫によって百千万の善を通じる「通」の意味合で大精神・大作用・至善・至徳を認め、それが即ち孔子の「吾道」であるとしているのである。
— 幸田露伴 『一貫章義(現代訳)』 青空文庫
こう言葉に現わして云うと何だか非常に悪くなりますが、いかに至徳の人でもどこかしらに悪いところがあるように、人も解釈し自分でも認めつつあるのは疑もない事実だろうと思うのです。
— 夏目漱石 『文芸と道徳』 青空文庫
その目を挙ぐれば、煩悶異文弁、仏説阿弥陀経碑、春秋外伝国語|跋、荘子注疏跋、儀礼跋、八分書孝経跋、橘録跋、冲虚至徳真経釈文跋、青帰書目蔵書目録跋、活字板|左伝跋、宋本校正病源候論跋、元板再校|千金方跋、書医心方後、知久吉正翁墓碣、駱駝考、、論語義疏跋、告蘭軒先生之霊の十八篇である。
— 森鴎外 『渋江抽斎』 青空文庫
あなたは御存知あるまいが、あなたが姉さんの亡骸を写生し初めた昨年の十一月というのが安禄山が謀反を起した月で、天宝の年号は去年限り、今は安禄山の世の至徳元年だ。
— 夢野久作 『ドグラ・マグラ』 青空文庫
至徳を報謝せんがために、真宗の簡要をひろふて、つねに不可思議の徳海を称念す。
— 三木清 『親鸞』 青空文庫
これを「至徳の風静かに衆禍の波転ず」と親鸞はいった。
— 倉田百三 『女性の諸問題』 青空文庫
こは劉備の至徳にもよるが、同時に孔明の誠忠にもよることと思ふ。
— 桑原隲藏 『支那史上の偉人(孔子と孔明)』 青空文庫
何れも支那紙研究の材料に供すべきであるが、殊に唐の至徳二載(西暦七五七)の『十戒經』は怛邏斯城の戰役後六年目のもので、西本願寺所藏の天寶五載の牒状と共に支那紙西傳時代に關係ある重要の材料である。
— 桑原隲藏 『紙の歴史』 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避
至徳(しとく) 至徳 (陳) - 南北朝時代、陳で使用された元号(583年-586年)。 至徳 (唐) - 唐代に使用された元号(756年-758年)。 至徳 (日本) - 後小松天皇の治世に使用された元号(1384年-1386年)。
出典: 至徳 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0