重農主義
じゅうのうしゅぎ
名詞
標準
physiocracy
文例 · 用例
僕は重農主義者でも無ければ、農民や農村を愛したりしている人間ではありません。
— 三好十郎 『肌の匂い』 青空文庫
ディドローを頭とする百科辞典の一派、テュルゴーを頭とする重農主義の一派、ヴォルテールを頭とする哲学の一派、ルーソーを頭とする理想郷の一派、そこに四つの尊い方面がある。
— LES MISERABLES 『レ・ミゼラブル』 青空文庫
作例 · 標準
アダム・スミス以前には、重農主義という経済思想がありました。
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重農主義 とは、18世紀後半、フランスのフランソワ・ケネーなどによって主張された経済思想およびそれに基づく政策である。「physiocratie、physiocracy」は、「physeos kratesis 」という言葉に由来している。1767年に、デュ・ポン・ド・ヌムールが編纂した『フィジオクラシー、または人類にとってもっとも有益な統治の自然な構成( Physiocratie, ou constitution naturelle du gouvernement le plus avantageux au genre humain)』が出版され、それ以降、この言葉がケネーらの思想を指す呼称として定着していった。それ以前には、この学派は、単に「エコノミスト」と呼ばれていた。日本では、明治時代に「フィジオクラシー」が紹介された当初は「天理学派」「理物学派」などという訳語をあてられていたが、アダム・スミスがこの派の学説を「農業のシステム」と呼んだことが知られるようになって、「重農学派」「重農主義」という訳語が定着するようになった。この学派の関心領域が農業理論に限定されていないことから、木崎喜代治ら現代の研究者は、原語のまま「フィジオクラシー」と呼ぶことが多い。
出典: 重農主義 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0