没主観
ぼつしゅかん
名詞
標準
文例 · 用例
況んや生活の語を狭義に解して、日常茶飯の身辺的記録の類を、没主観の平面描写によって書く文学が、何等「生活のための芸術」でないことは明らかだ。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
彼等はアリストテレス的没主観の認識で、事物の本相に深く透入しようと考えている。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
最後に、詩的精神の最も遠い極地に於て、科学の没主観な太陽が輝やいている。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
芸術はどんなものでも、決して科学のように没情味・没主観のものではないのだ。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
実に彼等は、芸術が科学的没主観の態度によって、創作されることを考えたのだ。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
)然るに自然主義は、一方で科学的没主観のレアリズムを主張しながら、しかも一方に於て「生活のための芸術」を主張していた。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
もし「科学の如く」という意味が、非人間的没情熱や、冷静無私の没主観を意味するならば、自然派文学は正にその正反対のものであった。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫
自然主義の教えた美学は、世界をその有るがままの姿に於て、物理的没主観の写実をせよと言う。
— 萩原朔太郎 『詩の原理』 青空文庫