清末
しんまつ
名詞
標準
文例 · 用例
清末の碩儒で、今は満洲国にいる羅振玉氏がその序文を書いている。
— 中島敦 『斗南先生』 青空文庫
木の末今は清末とあやまるといふ。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
その力 幇勢最も盛んな時は、上は役人より下は游民に至るまで、あらゆる階級の人々を吸集し、清末頃からは女入幇者も沢山あるようになった。
— 国枝史郎 『さまよう町のさまよう家のさまよう人々』 青空文庫
清末某省某州附近の十余県には幇匪の出没最も劇しく中にも某県の十八段という地方四五里四方は全く匪の棲家となり、一万以上の匪がここを根城として地方へ出稼したもので、子供も女もすべて幇匪となってしまった。
— 国枝史郎 『さまよう町のさまよう家のさまよう人々』 青空文庫
営口は遼河の河口左岸に位置し、清末に鎮海営と云ふ官署を置いたので「営子口」と名づけた地名が営口と略称せられたのである。
— 附 満蒙の歌 『満蒙遊記』 青空文庫
蘇州の産で、金石學者として聞えた、清末の葉昌熾に據ると、蘇州城外に、日本國使の墓と傳へらるる古墳があり、又その殘碑もあるといふ。
— 桑原隲蔵 『大師の入唐』 青空文庫
明末に權勢を專らにした魏忠賢、清末に勢力を振うた李蓮英ら、皆河間出身の宦官であつた。
— 桑原隲藏 『支那の宦官』 青空文庫
ただ清末の律學者として聞えた薛允升の『唐明律合編』は、兩律の異同を比較論評するのを宗旨とせるに拘らず、獨りこの服中生子の禁の異同に關して、その書中に一言の意見を述べてないのは、やや無責任の嫌を免れぬと思ふ。
— 桑原隲藏 『支那の孝道殊に法律上より觀たる支那の孝道』 青空文庫