至正
しせい
名詞形容動詞
標準
perfect correctness
文例 · 用例
至大至正至公至明の道と我とを一致せしむるのが、即ち浩然の氣を養ふ所以である。
— 幸田露伴 『努力論』 青空文庫
元の至正年間のこと、姑蘇、即ち今の蘇州に文世高という秀才があったが、元朝では儒者を軽んじて重用しないので、気概のある者は山林に隠れるか、詞曲に遊ぶかして、官海に入ることを好まないふうがあった。
— 田中貢太郎 『断橋奇聞』 青空文庫
それは至正の末年で、天子は元順帝であったが、杭州の劉万戸が人才であるということを聞いたので、それを用いることにして呼んだ。
— 田中貢太郎 『断橋奇聞』 青空文庫
それは至正庚子の歳に当る上元の夜のことであった。
— 田中貢太郎 『牡丹燈記』 青空文庫
それは元の至正十七年のことであった。
— 田中貢太郎 『愛卿伝』 青空文庫
至大・至正・至公・至明の道と我とを一致させるのが、即ち浩然の気を養う根本である。
— 幸田露伴 『努力論(現代訳)』 青空文庫
元の至正二十年の正月のことでございます。
— 剪燈新話 『中国怪奇小説集』 青空文庫
至正二十年(西暦一三六〇)縣大饑。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫