払令
はらいれい
名詞
標準
文例 · 用例
そのときの水戸建白書は文政二年打払令(一八二五年)そっくりの口ふんを漲らせたものだった。
— 服部之総 『尊攘戦略史』 青空文庫
七月、文政|打払令を修正して、寛政の旧に復す。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫
而して遂に彼の発議により、寛永|打払令を修正して、外舶の来るものにはその来意を質し、漂流船には、薪水食料を供して立ち退かしむるの融通法を設けたり。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫
速かに寛永|打払令の旧に復せば、また何ぞ黒船の憂あらんやと。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫
然りといえどもこの打払令の外船における効用は、あたかも潮に向って退去令を下したるの効用と殊ならず。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫
打払令、外国の来迫に対して何かあらん。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫
されば彼は高島秋帆を江戸に召して、砲術を演ぜしめ、これを旗本及び諸侯の士に伝習するを公許し、天保十三年七月においては、さらに文政打払令を取り消し、異国船来着の砌りは、来意を質し、薪水食料を給すべきを令し、親藩の随一なる水戸烈公と結び、着々改革の歩を進めたり。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫
昌造二歳の文政八年には幕府は「異國船打拂令」を出してをり、昌造十九歳の天保十三年には「異國船打拂令改正」が出てゐる。
— 徳永直 『光をかかぐる人々』 青空文庫