講義所
こうぎしょ
名詞
標準
文例 · 用例
説教が大分進行すると今迄講義所の前に黒く集つて居た者が、一人去り二人去つて僅かにベンチに腰かけて居るものは五人になつて終つた。
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫
そのすぐ後に此講義所の家主で、お隣りの吉田洋服店の主人が、寝て居る三つ許りの女の子を抱いて、聞いて居る振りをして掛けて居る。
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫
これが此講義所の番人、如何にも敬虔らしく天からインスピレーシヨンでも受けて居るかの様に、眼を閉じては祈り、眼を開いては牧師の口に注意して居る。
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫
もひとりは新見栄一で、講義所の番人の後のベンチに絣の羽織を着て、何だか気の落ち付かぬ様な態度で掛けて居る。
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫
彼の教会は、神戸の中でも、最も小さい兵庫の水木通三丁目にある、日本基督講義所で米国宣教師ウイリアムス博士がやつて居るものであつた。
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫
ウイリアムス博士は、ずつと前に徳島市に長く居つたことがあるので、中学時代には、栄一も英語のバイブルで会話など習ひに行つたことが有つた人であるが、福音伝道館があまりに噪がしいので、自分の性格に会ふやうなものを、探して居る中に、ウイリアムス博士の講義所が、見付かつたので、そこへ行くことにしたのである。
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫
彼はその小さい講義所を見付けて二度目の日曜に洗礼を受けた。
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫
』『兵庫の水木通三丁目の講義所です』『そんな所に教会所が有つたかいな!
— 死線を越えて 『死線を越えて』 青空文庫