諸族
しょぞく
名詞
標準
文例 · 用例
唐の天子は單に支那人の皇帝たるのみでなく、併せて塞外諸族及び西域諸國共同の大君主と仰がれて、天可汗といふ稱號をもつて居る。
— 桑原隲蔵 『大師の入唐』 青空文庫
かくて古來漢族の根據地で、同時に文化の中心點であつた北支那が、爾後三百年間、殺伐野蠻な塞外諸族に占領さるると共に、彼等の支配の下に、漢族は多大の輕悔と虐待を受けたこと申す迄もない。
— 桑原隲藏 『歴史上より觀たる南支那の開發』 青空文庫
千葉葛西等の、武總に蟠居したる有名な平氏、伊豆相模の豪族たる工藤曾我等の諸氏、野州の宇都宮藤原氏、さては甲斐源氏の諸族等、所謂關東豪族の歴々が多く陸奧に采邑を得るに至つた。
— 原勝郎 『日本史上の奧州』 青空文庫
がゲルマン諸族の侵入はその後もなお数世紀に亘って続いて居り、ローマ帝国の廃墟から西欧の文化世界が明白に形成されるまでには、なお三百年の年月と、そうして他のもう一つの有力な契機、即ちアラビア人の侵入が必要であった。
— 日本の悲劇 『鎖国』 青空文庫
ローマ帝国に侵入したゲルマン諸族の間に初めて統一の萌しが見え、初めて国家を強力に形成したのは、前述のアラビア人の侵入を中部フランスに於てカール・マルテルが打ち破った頃からである。
— 日本の悲劇 『鎖国』 青空文庫
我々は当時のゲルマン諸族が文化的にはなお野蛮と呼ぶべき段階にあったのに対して、スペインに尖端を置くイスラムの文化が遙かに高い段階に達していたことを見のがしてはならぬ。
— 日本の悲劇 『鎖国』 青空文庫
ゲルマン諸族は十一世紀に至るまでもなお野蛮であったと云われる。
— 日本の悲劇 『鎖国』 青空文庫
キリスト教が真に深くゲルマン諸族の中に根を下したのはなお三百年も後のことであるが、しかしゲルマン人の武力が現実を支配している西欧の世界に於て、文化的に着々とその発展を見せたものは、ローマの教会の他にないのである。
— 日本の悲劇 『鎖国』 青空文庫