朝靄
あさもや
名詞
標準
文例 · 用例
月下白光三千里の長江、洋々と東北方に流れて、魚容は酔えるが如く、流れにしたがっておよそ二ときばかり飛翔して、ようよう夜も明けはなれて遥か前方に水の都、漢陽の家々の甍が朝靄の底に静かに沈んで眠っているのが見えて来た。
— ――新曲聊斎志異―― 『竹青』 青空文庫
風が少しもなくて、薄い朝靄を透して横から照り付ける日光には帽子の縁は役に立たぬものである。
— 寺田寅彦 『雑記(1)』 青空文庫
港の上にはまだ冷冷とした朝靄が罩め渡つて、雨上りの秋空は憂ひ氣に暗んでゐた。
— 南部修太郎 『修道院の秋』 青空文庫
喬は朝靄のなかに明けて行く水みずしい外面を、半分覚めた頭に描いていた。
— 梶井基次郎 『ある心の風景』 青空文庫
緑のゴブラン織のやうな蔦の茂みを背景にして背と腰で二箇所に曲つてゐる長身をやをら伸ばし、箒を支へに背景を見返へる老女の姿は、夏の朝靄の中に象牙彫りのやうに潤んで白く冴えた。
— 岡本かの子 『蔦の門』 青空文庫
わたくし達は食事をはじめながら、小くてもほんのり春の朝靄を立てゝいる池の面に、築山の梢を出た朝陽が光を落して、一たん靄に呑まれながらなお余光を水に弾ね返させて、空中へ抜け上る微妙な色調をうっとりと眺めました。
— 岡本かの子 『生々流転』 青空文庫
これなる丘と相対して、対うなる、海の面にむらむらと蔓った、鼠色の濃き雲は、彼処一座の山を包んで、まだ霽れやらぬ朝靄にて、もの凄じく空に冲って、焔の連って燃るがごときは、やがて九十度を越えんずる、夏の日を海気につつんで、崖に草なき赤地へ、仄に反映するのである。
— 泉鏡花 『悪獣篇』 青空文庫
名にし負う神通二百八間の橋を、真中頃から吹断って、隣国の方へ山道をかけて深々と包んだ朝靄は、高く揚って旭を遮り、低く垂れて水を隠した。
— 泉鏡花 『黒百合』 青空文庫