常寧殿
じょうねいでん異読 そうねいでん
名詞
標準
ladies' pavilion (of the inner Heian Palace)
文例 · 用例
常寧殿の后町井や、御湯殿の下から出たと言ふ蚶気絵と言ふ笙の伝説などを考へ併せると、愈きさきと御禊との関係が考へられる(民俗学篇第一冊「水の女」参照)。
— 折口信夫 『万葉集研究』 青空文庫
○神去り玉ひしより廿八年の後延長八年六月二十六日、大雷清涼殿に隕て藤原|清貫大納言平稀世右中弁其外|侍候の人々雷火に即死す、 延喜帝|常寧殿に渡御ありて雷火を避たまふ。
— 鈴木牧之編撰 『北越雪譜』 青空文庫
后町とは、女官たちのいわゆる御所ことばで、正しくは常寧殿、あるいは五|節殿とよぶ。
— 婆娑羅帖 『私本太平記』 青空文庫
作例 · 標準
平安時代の貴族の生活を描いた小説で、「常寧殿」が登場した。
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「常寧殿」は、宮廷の女性たちが過ごした優雅な空間だったと伝えられている。
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歴史ドラマで、「常寧殿」での宴の場面が美しく描かれていた。
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ウィキペディア
常寧殿(じょうねいでん)とは、平安御所の後宮の七殿五舎のうちの一つ。当初、皇后御所として建てられた経緯から、別名后町(きさいまち)ともいう。また五節舞姫の帳台試が行われることから、五節殿ともいう。
出典: 常寧殿 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0