暦学
れきがく
名詞
標準
study of the calendar
文例 · 用例
その頃の暦学者として聞えた伊能忠敬の娘が病気した時、聘ばれて毎日のやうに病室に入つて往つた。
— 大正六(一九一七)年 『茶話』 青空文庫
自然科学的なものとしては、わずかに暦学や漢方医学や本草学のごときがあるに過ぎないが、それらがまったく直観的経験の上にのみ形作られ、一歩も抽象的に進まなかったのは、むしろ顕著な観を呈している。
— 石原純 『日本文化と科学的思想』 青空文庫
それはこの年の三月に幕府が暦法改正の仕事を始めるために大阪から暦学天文の大家として知られている高橋作左衞門|至時、ならびに間五郎兵衞|重富を江戸に呼びよせたことで、高橋は四月に、間は六月に江戸に到着したからです。
— 石原純 『伊能忠敬』 青空文庫
高橋作左衛門はその頃暦学では他に並ぶものがないと云われたほどの人で、寛政丁巳暦と称せられたのは彼と間重富との方寸によって成り立ったものであったのでしたが、それだけに門弟に対してもなかなかに厳しく教えたということで、それがしかし忠敬には却って幸いであったのでした。
— 石原純 『伊能忠敬』 青空文庫
忠敬は暦学天文と共に、それを利用して行う土地測量の方法をも熱心に研究しました。
— 石原純 『伊能忠敬』 青空文庫
寛政の改暦は大阪の暦学者高橋至時及び間重富が徴せられて、これをよくし得たのである。
— 三上義夫 『和算の社会的・芸術的特性について』 青空文庫
これがためにわが国の暦学は一大革新を遂げたが、幕府は江戸の天文方がよくなすなきをもって、これを召し出してそのことに当たらしめたのである。
— 三上義夫 『和算の社会的・芸術的特性について』 青空文庫
これは天文方の暦学者と当時の専門算家との間に密接な関係が乏しかったからでもあろうが、また双方ともに密接に関係を結ぶことを心がけたらしい形跡もないのである。
— 三上義夫 『和算の社会的・芸術的特性について』 青空文庫
作例 · 標準
江戸時代の天文学者たちは、日食や月食を正確に予測するために暦学の研究に没頭していた。
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彼は趣味で古い暦学の専門書を読み漁り、古代中国の複雑な暦の計算方法を独学でマスターした。
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大学の公開講座で、太陽の動きと季節の変化を紐解く暦学の歴史について興味深い講義を聴いた。
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