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東横

とうよこ
名詞
1
標準
文例 · 用例
神田お玉が池市橋邸の東横町にて、俗に二六横町と称へし処なり。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
此時大塩の同勢は、高麗橋を渡つた平八郎父子の手と、今橋を渡つた瀬田の手とが東横堀川の東河岸に落ち合つて、南へ内平野町まで押して行き、米店数軒に火を掛けて平野橋の東詰に引き上げてゐた。
森鴎外 大塩平八郎 青空文庫
まだ鉄砲や鑓を持つてゐる十四人は、詞もなく、稲妻形に焼跡の町を縫つて、影のやうに歩を運びつつ東横堀川の西河岸へ出た。
森鴎外 大塩平八郎 青空文庫
いつも、心斎橋だったが、私が十か、十一の時分、東横堀の材木の間を、ストリート婆が出没していたが、そんな婆は今何うしているか?
直木三十五 大阪を歩く 青空文庫
一空さまが、通新石町から馬鞍横町へ折れて、小柳町、鍋町東横丁と過ぎて不動新道へはいると、和泉屋の総本店はすぐ眼についた。
林不忘 巷説享保図絵 青空文庫
そちらの裏手の東横とでもいうあたりには大きい雑木林があるの初めて見ました。
一九三九年(昭和十四年) 獄中への手紙 青空文庫
山崎の周ちゃんの店は渋谷から出る東横バスの若林というところのすぐわきです。
一九四一年(昭和十六年) 獄中への手紙 青空文庫
二七 東横堀川 太閤さんの問題が済んで、吉兵衛さんは博労町に飛んで帰ったが、賀川市長も、菊子さんも、もうおらなかった。
賀川豊彦 空中征服 青空文庫
ウィキペディア曖昧さ回避

東横(とうよこ) 東京・横浜間の意。以下の名称はこれに由来するものである。 東急グループ関連 東急電鉄が運行する東急東横線。かつては東京横浜電鉄が運行していた。 渋谷駅前にあった東急百貨店東横店。1934年の開業から1967年までの屋号は「東横百貨店」、1958年から1967年までの運営会社は「株式会社東横」であった。 同店舗にあった地下食品売り場(デパ地下)「東横のれん街」。渋谷駅の再開発に伴い渋谷マークシティを経て渋谷ヒカリエに移転した。 鉄道・バス車両などの改造、ビルや高速道路などの建築物保守を行う東急テクノシステムの旧社名「東横車輛電設」。 東急グループの映画会社であった東横映画。東映の前身の1社。社名のとおり関東地方に興行の拠点を置いたが、スタジオは現在の京都撮影所にあたる。 東急電鉄の創業者・五島慶太が創設した学校法人五島育英会が運営していた学校。 東横学園女子短期大学(現:東京都市大学) 東横学園中学校・高等学校(現・東京都市大学等々力中学校・高等学校) 東横学園大倉山高等学校(廃校) 東横学園小学校(現・東京都市大学付属小学校) 東横学園二子幼稚園(現・東京都市大学二子幼稚園) 東急グループと無関係な企業 東京都大田区に本社を置き、ビジネスホテルを全国展開する株式会社東横イン。 川崎市中原区に本社を置き、産業用ガスの販売を行う東横化学株式会社。 横浜市戸塚区に本社を置き、パチンコなど遊技場を経営する東横グループ(株式会社東横、有限会社東横)。 その他の地名・人名 新宿東宝ビルの横の場所(同ビル西側のシネシティ広場(旧コマ劇場前広場)など)のこと。ただしこの場合、通常は「トー横」と表記される。 上述の場所に集う若者の集団、トー横キッズ。 秋田県北秋田市の町名、東横町(ひがしよこまち)。 漫画・アニメ作品『咲-Saki-』の登場人物、東横桃子(とうよこ ももこ)。

関連項目
出典: 東横 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0