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雑掌

ざっしょう
名詞
1
標準
文例 · 用例
越後国三味庄の領家の雑掌が盗賊の為に殺害せられ、その盗賊は逐電して何者とも判明しなかつたので、左衛門尉さまは、とにかくその庄の地頭代を召取らせ詮議を加へる事に相成つたところが、その地頭代の親戚の者たちが不服を称へ、内々手をまはして尼御台さまに訴へ申し上げたので妙に気まづい事になつてしまひました。
太宰治 右大臣実朝 青空文庫
三条西家の男子の召仕には、雑掌すなわち家令のような役をしておった元盛という者がある。
原勝郎 東山時代における一縉紳の生活 青空文庫
この魚市からの収入は別に雑掌あるいは代官をしてこれを取り立てさせておったが、その代官の名には、明応四年ごろ玉泉という者をもってこれに任じたことがあり、永正元年には和泉屋すなわち四条烏丸太志万平次郎といえる者補任されて請文を出したとある。
原勝郎 東山時代における一縉紳の生活 青空文庫
ただし土岐氏がみずからこれを取り扱うのではなく、その下に雑掌斎藤越後守というが見え、またその下に衣斐某という代官もあったらしい。
原勝郎 東山時代における一縉紳の生活 青空文庫
商人香取のことは前にちょっと述べたが、そのほかには日記には北林弥六という者苧商人雑掌と記されてある。
原勝郎 東山時代における一縉紳の生活 青空文庫
そのほか日記には明かに見えぬけれど、越後国の高梨刑部大輔政盛が『古今集』を書いてもらって、五百疋の礼をしたことや、越後上杉家の雑掌神余隼人が、実隆と別懇になったのも、直接あるいは間接に宗祇の越後通いによって作られた因縁だろうと察せられる。
原勝郎 東山時代における一縉紳の生活 青空文庫
越後においては上杉の雑掌神余がかくのごとく実隆に親交ある以上、その主人たる上杉が、実隆に音信を通ずるにおいて、何の不思議もなく、永正六年に実隆よりして兵庫頭定実に遣わした書状の返事が、翌年七月に神余の手を経て実隆にいたされ、それと同時に太刀一腰と鳥目千疋とを送ってきた。
原勝郎 東山時代における一縉紳の生活 青空文庫
それでもなお南北朝戦乱の際には、他の工事に駆り出されたとみえて、その抗議に対し、東寺雑掌申、当寺掃除散所法師事、任度々之勅裁並康永二年十月卅日御書、被免‐除他役之処、為楼舎・築地雑色等、致催促云云。
喜田貞吉 俗法師考 青空文庫