毬杖
ぎっちょう異読 きゅうじょう
名詞多音語
標準
ball-and-mallet game played during New Year's celebrations
文例 · 用例
その事毬杖とて正月に槌で毬を打てば年中凶事なしというに類す(『骨董集』上編下前)。
— 鶏に関する伝説 『十二支考』 青空文庫
山科言継卿の日記によれば、正月十八日の三毬杖の時に限り、必ず唱門師禁裏に参上して之を囃す例であった。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
これを京都についてみても、北畠や桜町の声聞師の中の数人が、正月四日五日に禁廷へ出て千秋万歳を奏したり、十八日の三毬杖に囃を唱え、曲舞を舞ったからとて、それで一年中全部落の者が生きられるはずはない。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫
おなじく十五日、貴賤|小豆粥を炊くのは、平安の世のいわゆる餅粥の節供で、同時に毬杖をもって女の腰を打つしきたりも、江戸をはじめ諸国に見られた。
— 宙に浮く屍骸 『釘抜藤吉捕物覚書』 青空文庫
毬杖冠者(毬杖の好きな天皇)よ、そのうち、そなたを、わしのところにきっと迎え取るぞよ」 この言葉どおり、後鳥羽院は、承久の乱には隠岐に流されたのであった。
— 第十二巻 『現代語訳 平家物語』 青空文庫
二人の使いを追い帰した奈良では、余勢をかって毬杖の玉の大きなものを作り、目鼻をつけるとこれを入道清盛の首と称して、踏め、打てなどはやし立てる中を、玉を蹴り、棒で叩くなど大いに憂を晴らしていた。
— 第五巻 『現代語訳 平家物語』 青空文庫
たとえば大きな毬杖の玉をつくって、これを清盛の頭になぞらい「打て、踏め」と云ってみたり、また奈良の伝統を尊重して、わざわざ武装せずに、狼藉を静めるべく赴いた瀬尾太郎兼康の郎党六十余人を搦めとって、一々首を斬って猿沢の池畔に懸けならべたり、僧兵大衆まことに殺気だっていたのである。
— 亀井勝一郎 『大和古寺風物誌』 青空文庫
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毬杖(ぎっちょう)は、木製の槌(つち)をつけた木製の杖を振るい、木製の毬を相手陣に打ち込む遊び、またはその杖。振々毬杖(ぶりぶりぎっちょう)、玉ぶりぶりとも。杖には色糸をまとう。
出典: 毬杖 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0