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快楽説

かいらくせつ
名詞
1
標準
hedonism
文例 · 用例
これには三種あって、一つは理性を本とする者で合理説または主知説といい、一つは苦楽の感情を本とする者で快楽説といい、また一つは意志の活動を本とする者で活動説という。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫
これを快楽説という。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫
この快楽説には二種あって、一つを利己的快楽説といい、他を公衆的快楽説という。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫
利己的快楽説とは自己の快楽を以て人生唯一の目的となし、我々が他人の為にするという場合においても、その実は自己の快楽を求めているのであると考え、最大なる自己の快楽が最大の善であるとなすのである。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫
而して氏は凡て積極的快楽を尚び、また一生の快楽よりもむしろ瞬間の快楽を重んじたので、最も純粋なる快楽説の代表者といわねばならぬ。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫
しかし氏の根本主義はどこまでも利己的快楽説であって、希臘人のいわゆる四つの主徳、睿知、節制、勇気、正義という如き者も自己の快楽の手段として必要であるのである。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫
次に公衆的快楽説、即ちいわゆる功利説について述べよう。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫
而して如何なる行為が最も大なる善行であるかといえば、氏は個人の最大幸福よりも多人数の最大幸福が快楽説の原則よりして道理上一層大なる快楽と考えねばならぬから、最大多数の最大幸福というのが最上の善であるといっている。
西田幾多郎 善の研究 青空文庫