大覚寺統
だいかくじとう
名詞
標準
imperial lineage starting with Emperor Kameyama
文例 · 用例
ところが後醍醐天皇の皇太子にはおなじく大覚寺統の後二条院の皇子|邦良親王が立たれたので、後伏見院は憤怒された。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
だから二条家が大覚寺統に結び、京極家が持明院統について、おのおの家を立て、歌界の覇を争ったことも、実に深い中世的現象であって、王朝文芸の伝統が封建の力によって、各自の意識しない間に切り崩された一つのあらわれにほかならぬのである。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
為世はこの間父のもとで蔵人頭から参議に進み後宇多朝の内政にまで与ったのであって、華やかであるとともに大覚寺統の人として世に出たのであった。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
為兼が土佐へ移ってから中一年|措いて、文保二年二月二十六日に花園天皇御譲位、大覚寺統の後醍醐天皇が即位されると、再び為世の時代がめぐってきた。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
大覚寺統は吉野へ移られたが、為世は老衰した世捨人で、京の方にい残った。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
後醍醐は、大覚寺統である。
— みなかみ帖 『私本太平記』 青空文庫
後深草は、持明院を御所としたので、持明院統とよばれ、亀山は、大覚寺にお住みだったので、大覚寺統と世間がいった。
— みなかみ帖 『私本太平記』 青空文庫
時を得た後深草の党臣は、ふたたび大覚寺統へ帝位を渡すまいと、その地盤固めの一策に、「大覚寺統は、亀山上皇を中心に、承久ノ乱の怨みを報ぜんと計っている」 と、いいふらした。
— みなかみ帖 『私本太平記』 青空文庫
作例 · 標準
南北朝時代の歴史を学ぶ際、持明院統と大覚寺統の対立は避けて通れない。
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大覚寺統から即位した天皇は、独自の政治基盤を築こうと腐心した。
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皇位継承をめぐる大覚寺統の主張は、当時の公家社会に大きな波紋を広げた。
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