枝村
えだむら
名詞
標準
文例 · 用例
淡島氏の祖の服部喜兵衛は今の寒月から四代前で、本とは上総の長生郡の三ヶ|谷(今の鶴枝村)の農家の子であった。
— ――過渡期の文化が産出した画界のハイブリッド―― 『淡島椿岳』 青空文庫
従来の土地を耕作したのみでは生活が保ち切れないとなると、新たに荒地を開いて出村枝村をつくる。
— 喜田貞吉 『特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ』 青空文庫
なお部落成立の状態をみるに、古代にあっては往々出村・枝村を作り、また移転も比較的自由であって、正徳五年の京都付近の穢多部落には、戸数僅かに二戸というのが二箇所、そのほか七戸・八戸・十四戸・十七戸・廿戸などいうのが普通であった。
— 喜田貞吉 『特殊部落と細民部落・密集部落』 青空文庫
この男は香美郡の久枝村から奉公にきた人である。
— 第一部 牧野富太郎自叙伝 『牧野富太郎自叙伝』 青空文庫
『上野国志』には「小烏帽子の東(○実は東でなく正しくは西北の誤であるけれども、昔の地図に拠れば東と書くも無理はない)にあり、越後にても同名」とあるので、『会津風土記』を見ると魚沼郡の条に大烏帽子山 同組(○塩沢組)早川村ノ枝村清水ノ南ニアリ。
— 木暮理太郎 『利根川水源地の山々』 青空文庫
このような村のいくつかが集まって「組」を形成し、その組と組との間に親村枝村の関係を作ることは、京都の組町の場合と同様である。
— 日本の悲劇 『鎖国』 青空文庫
上総の鶴枝村で見たものは、小川を隔てて双方の岡の上にあった。
— 柳田国男 『山の人生』 青空文庫
ともに以前のいわゆる枝村である。
— 柳田國男 『地名の研究』 青空文庫