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名詞
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標準
文例 · 用例
それは幸野嶺の幅を持合せて居る男が、一度|手隙にその画を鑑定して貰ひ度いと言つて来たから起きた事なので、箔をつけるといふ事は、滅多に人に会はない事だと思つてゐる栖鳳氏も、外ならぬ師匠の画の事なので、不承不承に会う事にした。
大正五(一九一六)年 茶話 青空文庫
その男は嶺の画を抱へて入つて来た。
大正五(一九一六)年 茶話 青空文庫
その家といふのは、幸野嶺の長男に当る或る日本画家の持物で、貫名海屋の高弟として聞えた谷口靄山が亡くなるまで長く住んでゐた、由緒つきの古い家でした。
薄田泣菫 質屋の通帳 青空文庫
当時京都画壇には今尾景年先生、岸竹堂先生、幸野嶺先生、森寛斎先生などの方々がそれぞれ一家をなしていられたが、景年先生なども月を描かれる時には丸い円蓋とか丸い盆、皿などを用いられて描かれていたが、松年先生は決してそのような器具は使われなかった。
上村松園 三人の師 青空文庫
幸野嶺先生 松年先生の塾に通っていた私は、種々の事情のもとに、ひとつはより広い画の世界を見なくてはならぬと考えたので、昔流に言えば他流を修得するために、松年先生のお許しを得て幸野嶺先生の塾へ通った。
上村松園 三人の師 青空文庫
嶺塾は京都新町姉小路にあって、当時幸野嶺といえば京都画壇というよりは日本画壇の重鎮として帝室技芸員という最高の名誉を担っていられ、その門下にもすでに大家の列に加っている方々もいられた。
上村松園 三人の師 青空文庫
菊地芳文・竹内栖鳳・谷口香※・都路華香などという一流画家を門下に擁して嶺先生は京都画壇に旭日のように君臨していられたのである。
上村松園 三人の師 青空文庫
同じ四条派の系統でも、松年先生の画風は渋い四条派で筆力雄渾だったが、嶺先生の画風は派手な四条派で、筆も柔かいものをお使いになり、艶麗で華々しく画面がとてもきれいに見えるのである。
上村松園 三人の師 青空文庫