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放浪記

ほうろうき
名詞
1
標準
文例 · 用例
のち、数年をへだてて、一九二九年(昭和四年)『女人芸術』に「放浪記」を発表して、文筆生活を開始した林芙美子のその後の過程も、日本の文学にあらわれた、進歩的な文芸理論とその運動の進展に併行して、観察される一つの現象となったのである。
宮本百合子 婦人と文学 青空文庫
この『女人芸術』に林芙美子の「放浪記」が掲載された。
宮本百合子 婦人と文学 青空文庫
放浪記」は、「施療室にて」一巻におさめられている平林たい子の初期の作品とは全く別種のものであった。
宮本百合子 婦人と文学 青空文庫
放浪記」のなかには、木賃宿の住居、露店のあきない、薬品店での働き、セルロイド女工としての生活、牛肉屋の女中、女給、転々とする生活からの呼吸が、或る時は「地球よパンパンとまっぷたつに割れてしまえ――と呶鳴ったところで私は一匹の烏猫」という表現となり、或るところでは、「私は男にとても甘い女です。
宮本百合子 婦人と文学 青空文庫
放浪記」が書かれた当時の心持は「仕事してゆく自信、生きてゆく自信がなくなり」と言われている。
宮本百合子 婦人と文学 青空文庫
放浪記」にあった自然発生の一種の揮発性の匂いは世路の向上の間にぬけた。
宮本百合子 婦人と文学 青空文庫
一九二九年に『女人芸術』に「放浪記」を発表して文学的登場をした林芙美子と、一九二〇年に短篇「脂粉の顔」をもって登場した藤村(宇野)千代の文学的足どりには独特なものがある。
宮本百合子 婦人作家 青空文庫
放浪記」の林芙美子がルンペン・プロレタリアート少女の境地から「晩菊」に到った歩みかた。
宮本百合子 婦人作家 青空文庫
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『放浪記』(ほうろうき)は、作家の林芙美子が自らの日記をもとに放浪生活の体験を書き綴った自伝的小説である。1928年から1930年に雑誌連載で発表された。舞台化、映画化、テレビドラマ化もされた林芙美子の出世作であり、代表作である。

出典: 放浪記 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0