毎戸
まいこ
名詞
標準
文例 · 用例
「巣鴨村有藝戸数十、毎戸栽菊、培養頗精、有高丈許、枝亦数尺者、繊竹構。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
耕地も少なく、農業も難渋で、生活の資本を森林に仰ぎ、檜木笠、めんぱ(割籠)、お六櫛の類を造って渡世とするよりほかに今日暮らしようのない山村なぞでは、ほとんど毎戸かわるがわる腰縄付きで引き立てられて行くけが人を出すようなありさまになって来た。
— 第二部下 『夜明け前』 青空文庫
中には全村こぞって厳重な山林規則に触れ、毎戸かわるがわる一人ずつの犠牲者を長野裁判所の方へ送り出すことにしているような不幸な村もある。
— 第二部下 『夜明け前』 青空文庫
又舊暦の正月に、三河萬歳とて、古風なる衣裳を着けたるものが、鼓太鼓を携へ、毎戸に來て祝詞を唄ふは、徳川家康公の萬歳を祝するの遺禮なりと云ふ。
— 福沢諭吉 『帝室論』 青空文庫
(イ)明治三十二年二月渡良瀬川沿岸の人民鉱毒のために害せられて毎戸に許多の病者を生ぜり。
— 田中正造 『非常歎願書』 青空文庫
ついでにいうがこの平均家禄は、前にもいった如く一戸に二十俵と一人に一人半扶持の定めであったが、石鐵県となった際、毎戸区々では大蔵省の計算上都合が悪いというので、旧新両士族に属する者の総給与高を平均して旧士族は二十石七斗となったのを毎戸へ同一に下付さるることになった。
— 内藤鳴雪 『鳴雪自叙伝』 青空文庫
また、毎戸の前隅に聚宝碑と名づくる小石碑あり。
— 井上円了 『南半球五万哩』 青空文庫
邦君毎戸賜金以救其急。
— 西郷隆盛 『遺篇』 青空文庫