要津
ようしん
名詞
標準
文例 · 用例
もはや、無視することが出来ない要津になった。
— 本庄陸男 『石狩川』 青空文庫
名護屋が當時に在りて、要津たりしこと以て知るべく、其壹岐より水路亦最も捷なれば、かくは決せるなり。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
余は魏使の投馬以東に於ける上陸地點を此の向津野附近の要津ならんと想定す。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
余が前説は周防の佐波が古代より要津として知れわたりたる地なるに重きを置きたれども、鞆といづれか可なるやは、更に考ふべし。
— 内藤湖南 『卑彌呼考』 青空文庫
江蘇の揚州(今の淮揚道江都縣)とか、蘇州(今の蘇常道呉縣)とかが、日本船出入の要津であつた。
— 桑原隲蔵 『大師の入唐』 青空文庫
加羅國は當時韓地より皇國に至る要津なりければ、狗邪韓國を金海即ち加羅國と見たる那珂氏の説は、蓋し正鵠を失はざるべし。
— 白鳥庫吉 『倭女王卑彌呼考』 青空文庫
越前坂井郡三國の港は、今こそあまり振はない場所であるけれど、昔は北陸の要津であるが、此港に、久末といふ舊家が今でも存して居る。
— 原勝郎 『日本史上の奧州』 青空文庫
関白頼通高野参詣の頃における淀・山崎等の散所も、またこの要津に居所を定めて、往来の旅客|商估に役せられて、生活していたものであろうと解せられる。
— 喜田貞吉 『俗法師考』 青空文庫