王有
おうゆう
名詞
標準
文例 · 用例
「土蔵相模はその頃品川第一の妓楼という程ならねど、勤王有志殊に長州志士等の遊興せる家なり。
— 直木三十五 『大衆文芸作法』 青空文庫
『遺老説伝』に、尚金福王命国公懐機築建長堤以便往来懐機以海底已深無力可施恭備祭品祈天告神一七日間海水乾涸即国内人民婦女運来石塊云々とある記事や『那覇由来記』に、扨沖道を築ける事は、前代尚金福王の御時国公といふ人有り、人を利し世を治むる故に、斯名付、其比封王有唐家の勅使此首里往復の路不平なり。
— 伊波普猷 『浦添考』 青空文庫
明初の新安王有※は太祖の第五子なる周定王の子で、太祖の孫に當る皇族であるが、平常人肉を嗜食した。
— 桑原隲藏 『支那人間に於ける食人肉の風習』 青空文庫
それから大雅の文王有聲の篇に豐水東注。
— 内藤湖南 『支那歴史的思想の起源』 青空文庫
そもそも幕末の時に当りて上方の辺に出没したるいわゆる勤王有志家の挙動を見れば、家を焼くものあり人を殺すものあり、或は足利三代の木像の首を斬りこれを梟するなど、乱暴狼籍名状すべからず。
— 瘠我慢の説に対する評論について 『瘠我慢の説』 青空文庫